護国舞姫の剣
□7#譲れぬ決意
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名前を呼ばれた気がして、私はぼんやりと目を開けた。
暗い質素な部屋の中には月明かりがわずかに差し込んでいることしかわからない。
熱のせいか視界が定まらないし、頭がクラクラする。
吐き気まではないけれど、何かを考えようとするのは難しい。
「葉桜、起きたのか?」
近くで聞こえる声に首を傾げる。
この声は誰だっけ。
姉様でも義兄でもない。
私を安々と抱き起こす大きな身体からは、姉様の香が薫る。
口元に固いものが当てられる。
「……姉、さま……?」
「Waterだ」
飲め、と言われたが、身体は思うように動いてくれなくて、入り込んできた水でむせてしまう。
なおも飲ませようとする人に、首を振って拒絶を伝える。
そのまま、また意識は暗転したが、それまで見ていた悪夢はひっそりと鳴りを潜めてくれたおかげで、久方ぶりに深く眠れた。
次に目が覚めた時には、すっかり熱も下がっていた。
雀の啼く声に、どこかほっとする暖かな部屋で、誘われるままに一番明るい障子を開く。
目に飛び込んできたのは鮮やかな蒼天で、ふらふらと縁側に出た私は、そのままぺたりと座り込んでいた。
そういえば、そろそろ秋が来る頃だったのか。
里を出てから、初めて空を見上げた気がする。
「もういいのか」
声をかけられて、ゆっくりと顧みる。
それが片倉だと気がつくまでに、少し時間がかかった。
手には盆を持っているようだ。
「あ、ああ……はい、たぶん」
曖昧に答える私の前に片倉がしゃがみこみ、額に手が当てられる。
「熱はさがったみてぇだな」
こくりと頷き、私はまた空へと目を向けた。
高い高い蒼に引きずり込まれそうで、でも、その蒼い空を自分が昇ってはいけないのがなんとなくわかっていた。
白く厚い雲がゆっくりと流れてゆく。
「もう少し寝てろ」
動こうとしない私の膝裏と背中に手を入れて、片倉が軽々と持ち上げる。
そのまま部屋の布団へと、そっと寝かされた。