放浪の舞姫
□10#放浪の舞姫、囚われる
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奥州で過ごすようになって直ぐ、何故か私は政宗に気に入られ、小十郎と二人共に名前で呼ぶように言われた。
私の呼び方があまりに言いにくそうだからと言われたが、私にとってはどうでもいいことだ。
もめるのも面倒だし、私は請われるままに知り合った者たちを呼んでいた。
ここでの私の一日は、主に畑で遊んでばかりだったように思う。
たまに来る伊達軍の兵士たちは皆気のいい人ばかりで、私は少しも飽きることなく過ごしていた。
時々、夜に一緒に泊まるのは小十郎ではなく政宗だったりもしたけど(その場合、外に小十郎がいたようだ)、概ね日常は穏やかであったと言える。
だけど、その日常は唐突に終わることになった。
「戦?」
「ああ、豊臣が最近きな臭い動きをしていてな」
「へー」
「悪いがもうここに葉桜をおいておくわけにはいかなくなった」
戦があるというだけなら無関係だと思っていた私は、びっくりして手にした野菜を落としてしまった。
小十郎の手伝いぐらいは、私だってやるのだ。
「え、ええ、それは」
「困るんだろうが、さすがにアンタを戦場に連れて行くわけには行かねぇ」
謝る小十郎の言葉の上から、別の声が遮った。
「意外だなぁ、片倉くんはもう少し好みが違うと思っていたんだけど」
少しかすれた男の声に、小十郎は慌てて振り返り、無意識に私を背に庇っていた。
私はその向こうを覗いてみる。
銀髪の男は、政宗ぐらいの年齢に見える。
それが病のためで、実際は慶次と同じだと知ったのはもう少し後で。
「何者だ、てめぇ」
襲撃者はその男だけではなかった。
彼の率いる兵が、後ろから私を昏倒させられてしまって。
気づけば、私は牢にとらわれていたんだ。
ーー豊臣の本拠地、大阪城の地下牢に。
囚われていたといっても、長い鎖が両手両足の大きな動きを封じるぐらいで、重さも大したことはない。
舞うことは可能で、それは相手が私の正体を知っているからだというのは、直ぐに知ることが出来た。
「舞姫の力で、病を癒すことはできるのか」
私を連れてきた男、竹中半兵衛がいないばしょで、大猿のような大男ーー豊臣秀吉に尋ねられた私は、素直に首を振った。
「進行を多少遅らせることはできるかも知れませんが、完全に治すことは不可能です」
「そうか」
ひどく残念そうな彼に私が何かを言う前に半兵衛が戻ってきてしまったので、結局そのあとは二人で話すこともなかった。
連れてこられてから、私は毎日毎日二人の前で舞うことになった。
それは最初の日に私が「病を遅らせることはできる」といったのと関係があるのだろう。
そして、おそらくその病を抱えるのは半兵衛なのだろう。
舞うことで、こんなにも悲しくなる日は初めてで、私は日増しに弱っていった。
段々と舞う時間も短くなり、倒れることが多くなり。
「…葉桜」
抜け出すという小十郎についてゆく体力も残っていなかった。
佐助が助けてくれるといったけれど、私はそうしたいと思わなかった。
「風来坊がアンタを探してる」
「このままでいいのかい?」
佐助は私を連れて行こうとしていたけど、もう私にはこれでいいんだという諦めがあった。
このまま、半兵衛の病を癒すためだけに舞い続けて、そうして終わるのならばきっと姉様たちも許してくれるだろう、と。
牢を開ける音に外を見ると、その場所で半兵衛が咳き込んで倒れていた。
「半兵衛くんっ」
私が傍にゆっくりと歩いて行って、その体に触れると、ひどく冷たくて。
「半兵衛くん、死んじゃダメだっ!」
私は必死に彼を揺り起こしていた。
目を覚ました半兵衛は何故か、私を見て笑った。
「慶次が、来てる」
目を丸くする私の手を引き、ゆっくりと半兵衛が歩き出す。
抗えば半兵衛に負担をかけてしまいそうで、私は鎖の音を立てながら、懸命についてゆく。
「どこ、どこへ行くの、半兵衛くんっ。
寝てなきゃだめだ」
「今ここは上杉、奥州に攻めこまれてる。
四国も反乱を起こしてる」
「そんなのどうだっていいっ」
「今しかないんだ、君を返してあげられるのは、今しか」
必死に言いながら歩く半兵衛に手を引かれ、私は城の外へ出る。
そこには、慶次がいて。
何が起こるか容易に想像できてしまった私は、必死に半兵衛にすがりつこうとした。
でも、力がなかった。
「駄目だ、慶次くん、半兵衛くん!
二人共、戦っちゃダメだーっ」
鎖が重い。
そんなこと、ここに来た時は微塵も感じなかったのに、重くて重くて、仕方ない。
舞いたいのに、助けたいのに、舞えない。
「…やだ、やだよ…こんなの、やだぁ…っ」
こうしてむざむざと半兵衛が殺されるのを見ているしか無いなんて、大好きな人と、死なせたくない人が戦っているのを見ているぐらいなら。
「っ」
力を振り絞って起き上がった私を半兵衛が背後から羽交い絞めにする。
「っ、半兵衛くん、やめてっ」
そんなことをしたら慶次が怒って、半兵衛が殺されてしまうのに。
「ーーーーー」
半兵衛が私だけに聞こえるように囁やいた直後、慶次が突進してくる前で半兵衛は私を突き放し。
慶次の剣の前に斃れてしまった。
(そんなのって、そんなのって、ないよーー)
涙で前が霞んで、見えない。
慶次が、大好きな慶次も見れない。
「葉桜、やっと見つけた」
慶次が半兵衛を殺したその手で私を抱き上げているのに、この体はそれを喜んでいる。
慶次に会えたことを、捕まえてくれたことを、喜んでいる。
心はこんなに哀しいのに。
「慶次くんの馬鹿馬鹿馬鹿っ」
「ごめん」
「半兵衛くんは、半兵衛くんは…っ」
「ごめん、葉桜」
「半兵衛くんがぁーっ」
泣き続ける私を抱えて、慶次はひたすら謝ってくれたけど。
本当は謝らなきゃいけないのは私だ。
「ごめん、葉桜。
でも、好きだ」
「慶次…っ」
私はその腕の中で、慶次の首に両腕を回して、深く深く口吻た。
泣きながら、ずっとくちづけていた。