放浪の舞姫

□9#放浪の舞姫、事情を話す
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 巫女の正装に袖を通すと、それだけで懐かしくもあり、悲しくもある。
 里のモノは舞扇以外なにひとつ持ちだしてはいけなかったから、衣装も残っていないのだ。

 そうして、姿を表した私を前にしたのは、政宗と小十郎だけではなかった。
 だれだというぐらい大勢の、兵士が。

「…気にしないでいいか」

 くるりと彼らに背を向けて、私は借り物の舞扇を開く。
 あの舞扇がない今、私には舞うことでしか己を証明できないのだ。

(姉様)

 里の者たちを思い起こしながら、私は静かに舞い始める。
 あの畑でやったのとは違う、力を強く意識して、そうしていっても、結局最後まで続かないのだけど。

(楽しい、楽しい)
(もっと、もっとやって)

 声なき者達の応援が身体に響いてきて、そこに交じるぴりりとした陰の気配に抗い、私の顔を汗が滴り落ちる。

(もっと、もっと)

 全てを忘れて、全部忘れて。
 ずっとずっと踊っていたい。

「っ、葉桜っ!」

 小十郎の声を最後に、私はその場で意識を失っていた。

 そうして、気がついたら、広い広い部屋で寝かされていた。
 神社でもなく、小十郎の家でもない。

(どこ…)

 隣からぼそぼそと聞こえる小さな声に起き上がり、私は這うようにして声の聞こえる襖を少しだけ開ける。

「起きたか」

 だが、すぐにそこを大きく開けられ、体勢を崩した私は無様に床に倒れた。
 その冷たさがなんとも言えない。

「畳きもちいー」
「何してんだ」

 そのまま突っ伏してると、小十郎に抱え上げられてしまった。
 腕の中から見上げる小十郎は少しだけ和らいだ顔に見える。

「葉桜は馬鹿だな」
「うわ、また言ったっ。
 ひどいなぁー」

 私がそのまま笑っていると、小十郎は私を政宗の隣に座らせる。
 用意されている脇息によりかかり、私はほうと息をつく。

「無理させちまったな」

 そっと後頭部を撫でてくる政宗の手つきに、あの時ほどの嫌悪感はなく、私は目をこすりながら応える。

「あー、いや、いつかは必要だったんでいいです。
 これで、ふぁああー、日の本の神社に連絡が行くと思うんで、面倒にはなるんですけど、まあいいです」
「葉桜」

 話しながら欠伸をする私を、小十郎は苦笑しながら咎めてくる。
 仕方なく、私は口に手を当て、もう一度欠伸をする。

「そんで、疑惑が晴れたんだから、もういいですよね。
 私はこういう大きくて広い場所って落ち着かないし、あの畑でしばらく休んでたいんですよ」
「城が嫌だってのか」
「そのとおりです」

 きっぱりと言い切る私の頭を撫でながら、政宗が笑う。

「You Are Very Funny」
「ゆーべ…?」
「おもしれぇ女だな、アンタ」
「はぁ、お褒めに預かり…んー…光栄?」

 あんまり嬉しくないなぁ、と私は眉根を寄せた。
 それに眠い。

「ここにいても、小十郎の野菜は食えるぜ」
「採りたてに敵う鮮度はありませんよー」
「料理しちまえば一緒だろ」
「凝ったものより、簡単なものが好きなんで、鮮度命です」
「…俺が朝採ってきて、料理してやる」
「政宗様っ?」
「丁重にお断りします」

 私をご飯で釣ろうとしていた政宗は、何かの思い当たり、ニヤリと笑った。

「アンタ、誰に追われてるんだ」

 一瞬だけ慶次を思い出してしまった私は、顔を隠すように背けた。
 背けた先に小十郎の顔があったから、結局俯いた。

「言わなきゃいけませんか」
「言えないようなやつなのか」
「そういう訳じゃないんですけど」

 名前を口に出すだけでも顔どころか体中が熱を持ちそうで、同時に泣きたい衝動に駆られてしまう。

「小太郎に強引に逃がしてもらったから、たぶんとっても怒ってるし、心配、してるかもしれなくて」

 心配をしてくれているかもしれないというのは、私の願望だ。
 追いかけて、私を捕まえて、閉じ込めて欲しいと言ったら、きっと慶次も私も困る。

「恋人か」
「あはは、そんなんじゃないですよー。
 そんなん…なれるはず、ないんです」

 だって慶次の心にはあの人が棲んでいるのだから。

 強く握りしめた私の手の上に、剣蛸だらけの大きな長い手が重ねられる。
 指の長い、綺麗な手だ。
 私は顔を上げると、政宗がじっと私を見つめている。

「傷がつくぜ。
 舞姫の大切な手だろう」

 いつの間にか無意識に握りしめていた私の手のひらを、政宗が一本一本開かせてゆく。
 たしかに、少しだけ爪の跡がついている。

「あんたの片思いなら、なんで逃げてる?」
「片思いにしなきゃいけないから、逃げてるんです。
 けい…あの人の心にはもう叶わない相手がいるから」
「だから、逃げるのか」
「そうですよ」
「…馬鹿だな」

 主従揃って、なんて酷い言い草だ。

 私は立ち上がり、自分の寝ていた部屋の前まで引き返す。
 背中に二つの視線を感じる。

「そう、私は馬鹿で臆病だから、壊したくないんですよ。
 このまま慶次くんとただの友達に戻りたい。
 ただそれだけが願いなんです」

 振り返り、無理矢理に笑顔を作って、私は笑う。

「今夜はここに泊まらせて頂きますが、明日から暫くは畑の方で休ませて頂きますね。
 慶次くんが来たら早めに逃げるんで教えてください」

 おやすみなさい、と私は襖を閉めて、布団へと潜りなおした。

「…っ」

 鼻の奥がツンと痛いけれど、無理矢理に私は眠ったのだった。
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