放浪の舞姫

□7#放浪の舞姫、奥州で出会う
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 畑に青々と茂る葉を前に、私はごくりとつばを飲み込んだ。
 旅をしながらいろんな場所に行ったけれど、ここにあるのは今まで見た中でも特級品だ。
 絶対に美味しいと確信できる。
 でも、野菜泥棒にはなりたくないし、と畑の前をうろついていたら、声をかけられた。

「そこでなにしてやがる」

 声をかけてきたのは百姓には見えない男で、顔に大きな傷がある強面だ。
 だけど、今の私にとって、そんなことはどうでもいいのだ。

「すごく美味しそうなネギですねっ」

 私がそういった瞬間、一瞬だけ男の表情が和らいだ。
 だけど、誤魔化すように直ぐに引き締まる。

「採りたてを焼いて食べるのもいいし、吸い物にするのもいいなぁ。
 あと、鍋もいいっ!」
「なんだ、てめぇは…」
「通りすがりの一般人です。
 あの、こちらの畑はどなたの持ち物か御存知ですか?
 知っていたら、教えてくださいっ」

 凄んでくる男に私が満面の笑顔で尋ねると、男は困ったように目線を彷徨わせた後で、眉間に皺を寄せて答えた。

「…俺だ」
「はい?」
「ここは俺の畑だ」

 …私は首を傾げて考えた。
 ココハオレノハタケダ、ってどういう意味だ。
 ちょっと脳内で軽く混乱しながら、私は復唱する。

「えと、ここはおれのはたけだ?」
「そうだ」

 口に出したら、なんとか意味を理解できた。
 理解できたが。
 えーっと、ここはどう反応したら良いのだろう。
 意外性が大きすぎて、どうしたものか。

「ネギがほしいのか」
「え、ええと」
「いくついるんだ」

 あれ、なんか怖い顔だけどザクザク畑に入っていって、採ってくれるようだなと気が付き、私は慌てて両手を振った。

「ああああのっ!
 私、あの、宿無しでっ。
 その、家もなくて、あ、同じか。
 料理もできないし、ちょっとご馳走になれたらなぁなんて思っただけでっ」
「…正直だな」
「あわわ、すいません…っ。
 えと、本当にあのご飯と宿をお借りできたらいいなぁって思って、ご飯が美味しいともっといいなぁってっ」
「くっ」
「ご、ごめんなさい、ホント、ごめんなさいっ!
 あぅー、姉様にちゃんと料理を教えてもらうんでしたーっ」
「ははっ」

 あれ、何か笑われているようです。
 どういうことだ。

「えーと、お金もないので、お礼も拙い舞ひとつしかできないんですけど、少しは農家の方のお力にはなれると思いまして」

 自慢ではないが、本来の力の使い方よりも、私は動植物を元気にする使い方のほうが得意ではあるのだ。
 楽しんでしまうと、いつもそちらのほうが強く出てしまうので、よく怒られていたのだが。

「な、なんなら、お見せしましょうかっ」

 男は少し考え込んだ後で、畑の真ん中で腰を下ろした。
 それは舞っていい合図だと思ったわけで、私は舞扇を取り出そうとしてーーまた慶次のことを思い出す。

(まあ、いいか)

 こっちの舞なら、舞扇がなくても自然体で十分だろう。
 私は思うままに体を動かしはじめる。
 するとつられるように、ざわざわと葉が囁き、キラキラと太陽の光が輝きを増す。
 近くを流れる水路からも水滴が踊りでて、楽しげに私の周りで円を描く。

 ああ、なんて楽しい。
 舞っている間は何も考えないでいられるだけに、私は心ゆくまで体を動かし、結局倒れて動けなくなるまで踊って。

「…あんた、馬鹿だろう」
「その感想は斬新です」

 舞うことでいろいろ感想はもらうけれど、いきなり馬鹿と言われたのは初めてで、私は素で笑っていたのだった。
 ああ、こんなに楽しいのは久しぶり。

「おい、ここで寝る気か」
「はー…もう動けませんー…」

 男の警告を聞きながら、それでもあまり危機感の湧かないままに、私は目を閉じたのだった。
 小太郎が私を危険な場所に置いていくとも思えないし、この人は顔の割に良い人そうだし。

「ったく、ガキか」

 心地良い悪態を聞きながら、ようやく何も考えない夢に落ちたんだ。
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