放浪の舞姫
□5#放浪の舞姫、恋を失う
1ページ/2ページ
慶次にくっついて眠ったからか、私の夢に慶次が出てきた。
慶次は、みたこともない甘く蕩ける顔でネネって女の子を見つめていて、聞いたこともない甘く優しい声で彼女を呼んでいて。
(ああ、この人、慶次くんの好きな人だ)
ぱちりと目を覚ました私は起き上がって、ぐしぐしと涙を拭う。
舞姫の夢は時にトクベツで、それは相手の過去も未来も映しだすことがある。
自覚した途端にこんな夢を見るなんて。
これが過去でも未来でも、夢でも現実でも、慶次の心にネネがいるというのなら。
(失恋、確定だね)
まだ眠っている慶次の頭をそっと撫でるけど、起きる気配はない。
私は慶次の米神にそっと唇を寄せて、直ぐに離れた。
「小太郎、いる?」
私が囁くほどに小さな声で呼ぶと、音もなく影から見慣れた姿が現れた。
私が両手を伸ばすと、小太郎は私を抱え上げる。
「久秀の所へ、連れて行って」
私がいうと目で本当にいいのか尋ねてくるけれど、私は首を振った。
「自覚しちゃったし、もう一緒にいられないよ」
「ああ、勝手に消えたらマツ姉様心配するね。
じゃあ、これを置いていこうか」
私は小太郎の腕の中で舞扇を取り出し、携帯していた筆でそこに別れの言葉を書き込んだ。
(ごめんね、慶次くん)
そうして、私は前田家を後にしたんだ。
ずっと小太郎の腕の中で泣くこともできなくて。
それなのに、なんで、なのかな。
「…久秀…っ」
連れてこられた瓦礫の前で、私は伏して泣くより他なかった。
そこは一年世話になった場所で、見間違えようもない松永の城で、他に行く宛もない私にはもう絶望しか残らなくて。
「…は、ははは…っ、小太郎、どうしよう、私…っ」
「私、本当に一人ぼっちになっちゃった…」
慶次を頼ることはもうできない。
さっき失恋したばかりなんだ。
だけど、里もなく、かくまってくれる久秀ももういない。
「ぁぁぁぁぁぁああぁああああああああああっ」
声をあげてなく私を咎めるものはなく、私はただただ泣き続けて、そのまま疲れて眠ってしまったんだ。
私を起こしたのは、小太郎でも、まして慶次でもなく、森に溶け込む迷彩服を来て、額に鉢金をつけ、顔にペイントした胡散臭い男だった。
何もかもを失った私にはどうでもよくて、腫れた目元を擦ろうとして、案外に腫れてないことに気がつく。
どうやら、小太郎が冷やしてくれたようだ。
私の寝ていた辺りに落ちているほんの少し濡れた黒い布を、私は拾い上げる。
そのあとで私が迷彩男を見ると、顔の筋肉だけでにこりと笑うから、もう背筋が寒くなった。
「ここで何してんの、お嬢ちゃん」
誰だか知らないが、今は私は誰かに関わりたくない。
そんなことより、と懐から舞扇を取り出そうとして気がつく。
慶次にあげてきたんだった。
(なくても、勘弁してよね、久秀)
何も持たずに、私は舞い始める。
久秀が生前見たがっていた、いわゆる鎮魂の舞に近いものではあるが、我流が混じっているから満足してくれるかはわからない。
道具も足りない。
だけど、礼ができるとしたら、私には舞しかないから。
一心不乱という形容が見合うほどに、周囲も顧みず、体力の許す限り舞い続ける間は何もかもを忘れていられた。
舞終えてから、私はようやく迷彩男に気がつく。
「いーもん、みつけちゃったな」
そういって口の端だけでにやりと笑う迷彩男を目に収めながら、私は膝をつき、倒れる。
もう指一本動かせない。
その私を上から覗き込む迷彩男。
「ね、アンタ、うちに来ない?」
うちがどこか知らないけれど、もう行く宛もない身の上だ。
自棄になったまま私は彼にいーよと答えていた。