放浪の舞姫

□5#放浪の舞姫、恋を失う
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 慶次にくっついて眠ったからか、私の夢に慶次が出てきた。
 慶次は、みたこともない甘く蕩ける顔でネネって女の子を見つめていて、聞いたこともない甘く優しい声で彼女を呼んでいて。

(ああ、この人、慶次くんの好きな人だ)

 ぱちりと目を覚ました私は起き上がって、ぐしぐしと涙を拭う。
 舞姫の夢は時にトクベツで、それは相手の過去も未来も映しだすことがある。
 自覚した途端にこんな夢を見るなんて。
 これが過去でも未来でも、夢でも現実でも、慶次の心にネネがいるというのなら。

(失恋、確定だね)

 まだ眠っている慶次の頭をそっと撫でるけど、起きる気配はない。
 私は慶次の米神にそっと唇を寄せて、直ぐに離れた。

「小太郎、いる?」

 私が囁くほどに小さな声で呼ぶと、音もなく影から見慣れた姿が現れた。
 私が両手を伸ばすと、小太郎は私を抱え上げる。

「久秀の所へ、連れて行って」

 私がいうと目で本当にいいのか尋ねてくるけれど、私は首を振った。

「自覚しちゃったし、もう一緒にいられないよ」
「ああ、勝手に消えたらマツ姉様心配するね。
 じゃあ、これを置いていこうか」

 私は小太郎の腕の中で舞扇を取り出し、携帯していた筆でそこに別れの言葉を書き込んだ。

(ごめんね、慶次くん)

 そうして、私は前田家を後にしたんだ。

 ずっと小太郎の腕の中で泣くこともできなくて。
 それなのに、なんで、なのかな。

「…久秀…っ」

 連れてこられた瓦礫の前で、私は伏して泣くより他なかった。
 そこは一年世話になった場所で、見間違えようもない松永の城で、他に行く宛もない私にはもう絶望しか残らなくて。

「…は、ははは…っ、小太郎、どうしよう、私…っ」
「私、本当に一人ぼっちになっちゃった…」

 慶次を頼ることはもうできない。
 さっき失恋したばかりなんだ。
 だけど、里もなく、かくまってくれる久秀ももういない。

「ぁぁぁぁぁぁああぁああああああああああっ」

 声をあげてなく私を咎めるものはなく、私はただただ泣き続けて、そのまま疲れて眠ってしまったんだ。

 私を起こしたのは、小太郎でも、まして慶次でもなく、森に溶け込む迷彩服を来て、額に鉢金をつけ、顔にペイントした胡散臭い男だった。

 何もかもを失った私にはどうでもよくて、腫れた目元を擦ろうとして、案外に腫れてないことに気がつく。
 どうやら、小太郎が冷やしてくれたようだ。
 私の寝ていた辺りに落ちているほんの少し濡れた黒い布を、私は拾い上げる。

 そのあとで私が迷彩男を見ると、顔の筋肉だけでにこりと笑うから、もう背筋が寒くなった。

「ここで何してんの、お嬢ちゃん」

 誰だか知らないが、今は私は誰かに関わりたくない。
 そんなことより、と懐から舞扇を取り出そうとして気がつく。
 慶次にあげてきたんだった。

(なくても、勘弁してよね、久秀)

 何も持たずに、私は舞い始める。
 久秀が生前見たがっていた、いわゆる鎮魂の舞に近いものではあるが、我流が混じっているから満足してくれるかはわからない。
 道具も足りない。
 だけど、礼ができるとしたら、私には舞しかないから。

 一心不乱という形容が見合うほどに、周囲も顧みず、体力の許す限り舞い続ける間は何もかもを忘れていられた。

 舞終えてから、私はようやく迷彩男に気がつく。

「いーもん、みつけちゃったな」

 そういって口の端だけでにやりと笑う迷彩男を目に収めながら、私は膝をつき、倒れる。
 もう指一本動かせない。
 その私を上から覗き込む迷彩男。

「ね、アンタ、うちに来ない?」

 うちがどこか知らないけれど、もう行く宛もない身の上だ。
 自棄になったまま私は彼にいーよと答えていた。
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