放浪の舞姫
□4#放浪の舞姫、恋を知る
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私が慶次が前田家の次男坊だと知ったのは、慶次の実家に行った時だ。
それまで、私は慶次のことを何も知らなかった。
「慶次が女の子を連れてくるなんて…っ」
そう言って、慶次を殴り飛ばした後で私を歓迎してくれたのは、慶次のお兄さんのお嫁さんだ。
とても凛々しい女性で、里の姉様を彷彿とさせる彼女につい私は言ってしまった。
「あ、あの、姉さま…っ!」
しまったどうしようと自分の口から出てしまった言葉に私が慌てていると、彼女は優しい顔で笑って、ぎゅっと私を抱きしめてくれた。
「…可愛い…っ」
「ぇぅえっ!?」
「もう一度言ってくれる?」
「は、はい?
あの、ねえさま…」
私がもう一度呼ぶと、彼女はとても嬉しそうに笑ってくれて、そんな風に私は前田の家に招き入れられたんだ。
唯一困ったのが、利家さんもマツ姉様も、私が慶次の彼女と信じて疑わないことだ。
祝言だと騒ぐ彼らを宥めるのに疲れた私は、その日は早々に寝てしまったのだ。
それで寝て起きたらやっぱり慶次がそばにいて、月明かりだけに照らされる慶次はやっぱり色男だなぁなんて、私は笑ってしまったんだ。
「何か楽しいことでもあったのかい、葉桜ちゃん」
「慶次くんは色男だなぁって、改めて思ってね」
起き上がりながら言うと、慶次が吹き出した。
「なんだいそりゃあ」
「確かにマツ姉様たちが心配するのもわかるなぁ」
私がクスクスと笑っていると、急に両肩を捕まれた。
いつの間にか近づいていた慶次を、私は不思議に思って見上げる。
やけに真剣な表情ではあるが。
「じゃあ、いっそのことトシやマツ姉ちゃんが言うように、葉桜ちゃんが俺の嫁になるかい?」
慶次の珍しい冗談に、私は思わず吹き出してしまった。
「あはははは、ありえないっしょっ」
「はっきりいうねぇ」
それに対して、さほど残念そうでなく慶次も笑う。
「ねえ夢吉、ありえないよねぇ?」
「夢吉なら別の部屋で寝てるぜ」
「あら、珍しい…」
急に慶次が私の顎を掴んで、顔を寄せて囁く。
「もし俺が本気なら、葉桜ちゃんはどうする?」
「慶次くんが、本気?
ありえないけど、そうだね…とりあえず逃げるかな」
「ふーん?」
あれ、なんで慶次笑ってるのに、目が笑ってないの。
「慶次くん?」
背筋を冷たいものが滑り落ちた気がするけれど、私はそれを隠して笑う。
「逃さないって言ったら、どうする」
「えーと…」
慶次の様子がおかしい、と私は視線を彷徨わせ、とりあえずの答えを用意する。
「急に何言うの、慶次くん。
私と慶次くんはただの旅仲間でしょ。
そんなことあるわけないじゃない」
「そうかい?」
「そうだよっ」
私が急いで言うと、慶次は吹き出すように笑い出して、私から手を離した。
なんだ、やっぱりからかわれてただけか。
(ちょっと残念。
ーー残念?)
自分で考えながら、私は首をひねる。
慶次は旅仲間だ。
そのはずだ。
なのに、本気じゃなくて残念になるっておかしいだろう。
おかしいでしょう。
「おかしいよね?」
「なにが?」
「うん、おかしい。
慶次くんは慶次くんなんだから」
「葉桜ちゃん?」
慶次が私を見る。
それは何気ない普通の動作なのに。
(な、なに、これ)
ドクドクと自分の心臓が脈打ち、顔中に熱が集まってくる。
慶次くんは慶次くんだ、そのはずだ。
なのに、なんで。
(なんで、こんなに顔が熱いの)
もしかして、風邪でも引いたのか、それとも知恵熱だろうか。
どちらにしても、すぐにここを立つわけでもないし。
「…も、もうそろそろ寝ようか、慶次くん」
「あー…そう、だな」
妙に歯切れの悪い慶次に私が首を傾げると、彼は首のあたりに手をやり、言いにくそうに口を開き、目を泳がせる。
「あの、な、葉桜ちゃん」
「何」
「怒らないでほしいんだけど」
「うん?」
「トシとマツ姉ちゃん、誤解したまんまでさ」
慶次にあの二人を説得できるとは思えないしと、私は頷く。
「それで?」
「…俺もここで寝ろって」
「へー…は?」
今何か妙な言葉が聞こえた気がする。
気のせいだろうか。
うん、気のせいだろう。
きっと夢に違いない。
「そろそろ寝ようか、慶次くん」
だけど、私がもう一度言うと、慶次はごろりと隣の床に横になってしまった。
「あの、慶次くん?」
「明日にはちゃんと説得するし、俺もちょっと葉桜が心配だし」
「いやいやいや冷静になろう、慶次くん。
なんで自分のお家で布団もなく床で寝るの」
「だから、トシとマツ姉ちゃんが」
「じゃなくて!
自分の部屋とかないのっ?」
「…ないな」
慶次からの信じられない発言に私は目を丸くして、それから必死に頭をフル回転させた。
慶次は私を女と見てないし、安全は安全だ。
問題は、なぜか動悸の激しい私の心臓だけで、このまま一緒にいたら、今にも死にそうだってことだ。
だけど、ここは慶次の家で、慶次はここで寝るって決めて寝転がってて、布団は私の寝ている一組で。