放浪の舞姫

□3#放浪の舞姫、境遇を語る
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 京で夢吉、慶次と連れ立って旅をするようになって、ひと月。私は南の海にいる。

「わーっ」
 暑い日差しと熱い砂、それに足元で跳ねるたくさんの水が寄せては返し、岩に当って飛沫を上げる。到着して程なく私の着衣は水浸しだが、それでも私は波打ち際で足を踏みしめ、バシャバシャと飛沫を上げさせる。

「葉桜ちゃん、ほどほどになー」
「はーい」
 旅の最初の頃は、すぐに疲れて眠ってしまっていた私の体も、ひと月でかなり体力がついた。具体的には、一日に二回ぐらいなら舞っても倒れない程度にはなった。

 ここに着くまで、私のせいで休憩は多いし、時には慶次に背負ってもらったりしてかなり迷惑をかけたように思うけれど、慶次が文句をいう事はなかった。それどころか世話をするのが楽しいまで言われた時には、私も返答に困った。なんで慶次はこんなに良い人なんだろう。どういう風な環境で育てばこういう人になるのだろう。

 私が波打ち際で遊んでいる時から慶次は、木陰にいる白髪で白い髭のおじいちゃんと何やら話をしていて、夢吉も慶次と一緒にいた。二人はいつも一緒だが、こういう時私は少しだけ寂しい気持ちだ。そう考えたら、私は無性に二人の所へ行きたくなって、彼らの元へ熱い砂の上を踊るように足を滑らせ、移動する。

「はー、楽しかったー」
 慶次とその肩にいる夢吉の近くまで来ると、私は二人に向かって両手を広げて飛びついた。

「満足かい?」
 慶次も難なく私を受け止め、そうすると夢吉が私の肩までやってきて、濡れた髪にまとわりついてくる。

「うん、ありがとうねー、慶次くん」
 慶次に礼を言ってから、私は白髪のおじいちゃんに向かいあい、懐から閉じたままの舞扇を差し出す。それをおじいちゃんが受け取ってから、私は背筋を伸ばして、深く頭を下げた。

「初めまして、島津のおじいちゃん。私は今代の舞姫、葉桜と言います」
 私が顔を上げて、笑顔を向けると、島津おじいちゃんはわずかに目を見開き、舞扇を見つめていて。優しい顔で笑って、それを返してくれた。

「……残って、おったのか」
 私はその言葉だけで、この人が全部知ってるんだなぁと苦笑してしまう。何も知らない慶次は、首を傾げているみたいだ。

 こうして旅をしているけれど、私と慶次は互いのことは何も知らない。互いに聞かなかったから話さなかったに過ぎないし、私は慶次が聞きたいというのなら隠すつもりは最初から無い。

 舞姫というのは一種の暗号みたいなもので、知る人ぞ知る日の本の巫女のことだ。決して表舞台に現れることはなく、ひっそりと人の世に澱み溜まる業(ごう)と呼ばれるものを舞うことで収め、浄化してゆくという技を持った舞手の巫女、それを舞姫と呼ぶらしい。

 古くは出雲も末端の神の末姫が初めたとも言われているが、座学の苦手だった私はもうよく覚えていない。資料も全て灰にしてしまったからない。

「姉様達の遺言で里はもうありませんから、私がホントのホントに最後の一人です」
 流行病で死に絶えた舞姫の里は、久秀の手で灰にしてもらった。残すなというのが姉様たちの願いだったから、私はそうしたまでだ。それから暫くの間久秀に世話になっていた理由は、流石に心が疲れてしまって、立っていることが出来なかったせいもある。

「葉桜、ちゃん?」
 慶次が不安そうな声をかけてくるのに、私は振り返ることをしなかった。そのまま無言で舞扇を広げ、私は舞い始める。

 慶次と会った時のような華やぎはないし、手順も何もかもめちゃくちゃな自覚はある。他の舞姫を知っている島津おじいちゃんからすれば、とても拙いことだろう。だけれど、私はこの人に会ったら、見てもらわなければならなかったのだ。これもまた姉様の願いのひとつであるから。

 頭のてっぺんから爪先、そして舞扇にまで全神経を行き渡らせて舞うと、海の飛沫が舞に合わせてキラキラと光っている。最初は義務だったけれど、そのうち私は心楽しさが先に立ち、一心不乱に踊っていた。

 そうして、最後まで終わって。

「はい、お粗末さまでした」
 礼をしてすぐに、やっぱり倒れちゃったんだ。わかってたけど、遊びすぎたらしい。



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