放浪の舞姫

□2#放浪の舞姫、祭りで出会う
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 一歩毎に高鳴る胸を抑え、私は期待に膨らむ己を抑えこむ。
 外へ出たのは里にいた頃と久秀に連れ去られた時以来で、それも本当に数える程度しかない。
 主に連れだしてくれた小太郎に、私はいたく感謝している。

 私はずっと久秀のところで囚われていたーーというより、のんびりと暮らしていたーーため、足元は少し覚束ない。
 でも、舞の要領で足を運べば、それは水面の上を歩くのと大差ないほど軽やかだ。

 小太郎には京へと頼んだけれど、どうすべきかはあまり深く考えて出てきたわけではない。
 ただ己の血が騒ぐに任せたから、気の向くままに往けばいいぐらいしか計画らしい計画はない。

 それでも足を京へと向けたのは、そちらから漂う楽しい空気が私を誘うからだ。

「お祭りなんて、久しぶりだなぁ」

 ふらりと歩いて、京へと近づくほどに人通りは増えるが、どの顔も晴れやかで、私も嬉しくなってにやけてしまう。

「ふふふ…ん?」

 神輿を担ぐような威勢のよい声に誘われ、私は人混みを摺り抜けるように歩く。
 そうして、祭を眺めていると、団子屋の娘に声をかけられた。

「お侍様、京は初めてかえ?」

 顔に白い白粉を叩き、紅を引いて化粧した姿は、ちょっと見惚れる可愛い系の美人さんだ。
 その頬が淡く朱に染まるさまは、実に愛らしい。

「はい」
「だったら、うちの特等席で見物しはったらええよ」

 さあと誘われ手を引かれ、私は少しだけ困った。
 祭を観るのはいいけど。

「特等席に行くより、私は一緒に騒ぐほうが好きなんだ」
「でも、」
「後で寄らせてもらうよ、可愛いお嬢ちゃん」

 軽く袖を振り、私は彼女から離れつつ、舞扇を取り出す。
 喧騒に交じる不穏な気配はーー。

「日は大安、くじは大吉ときたもんだ。
 へっ…あらよっ!
 さあて、運試しといくかい?」

 一際大きな喧騒の中に交じる威勢の良い声に、お、と私は目を見張る。
 目の前を流れるのは季節はずれの桜吹雪。

(ふむ、婆娑羅者が混じっているか)

 婆娑羅者ーー傾奇者ともいうが、私が言うのはいわゆる異能者のことだ。
 その技に天地の理りを加えた独自の武器を扱う者たちがいると、私は里の姉たちに聞いていた。
 だから、私たちもそのひとつに違いないのだと言ったのは誰だったか。
 脳天気な野菊姉だったかもしれない。

(じゃあ、私が少しぐらい暴れてもかまわないよね)

 喧騒の中で私は舞扇を開き、ふわりと舞い始める。
 周囲の人並みを避けているわけではない。
 だが、その合間に伸ばす手は、誰に触れるでなく、ただふわりと風を掴み、空に舞う。

 こうして舞をするのは里がなくなって以来だ。
 私は久秀のもとで一度も舞わなかったのだが、案外に染み付いた修練というのは消えないものなのだなと実感する。
 どうすればいいのかは、手が、足が、体のすべてがそれを覚えていて。
 私は逆らわずに頭のてっぺんから爪先まで、己の体を操るだけだ。

 あまりに久しぶり過ぎて、周囲を観るのも忘れて、夢中になって舞っていた私は、結局終わりまで気が付かなかったのだが。
 終わった途端に迎えられた歓声に、目を丸くして、それから笑ってしまった。
 心地良い疲れに体が揺らぎ、私にはもう立っている力もない。
 起きていることさえも、難しい。

「っ、おい、アンタ!!」

 鮮やかな色と空気に包まれた気がして、私はほうと息を吐く。
 彼の身のうちにある桜の薫りは、里の春を思い出す。

「…んふー」

 姉様、葉桜はどうやら見つけたみたいです。



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