おかえりなさい(完結)
□[食満留三郎] 同室だから
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私は横手の自分の身長ほどもある高さからゆっくりと降りて、それから、自分の腰ぐらいの高さから降りて、また自分の身長ぐらいの高さから降りて。
と普段なら絶対にしないような場所から何度も降りて、友人たちの場所まで辿り着いた。
「食満君、善法寺君、乱太郎っ!」
「美緒!?」
「どうやって、ここまで」
「話は後っ」
私は着ていた小袖を迷わず脱ぎながら、既に上の服を脱いで上半身裸になっている食満君と善法寺君に指示する。
どうせこれを脱いでも下には白い単があるのだから、完全に裸になるわけではないし。
股引きも履いたままだし。
「乱太郎の服を脱がして、私の乾いてるのを着せて!」
「お、おいっ?」
「早くしなさいっ」
怒鳴るように指示すると、まず善法寺君が乱太郎の服を脱がしにかかった。
「美緒……」
「乱太郎はまだ子供なんだから、いそがないと肺炎になってしまうかもしれない。
そうなったら、今の医術じゃ危険すぎる」
食満君に説明しながら着物を脱いだ私は、それで乱太郎を包み込んだ。
「ここから一番近いのは?」
「僕が乱太郎をつれていくから、留三郎は美緒を送って行ってくれ」
いうやいなや、善法寺君は乱太郎を抱えて、いなくなってしまった。
「……え?」
目を瞬かせて、私はさっきまで乱太郎と善法寺君のいた場所をみて、食満君を振り返る。
と、上から冷たい着物をかけられた。
「わ」
「ないよりはましだから着ててくれ、美緒。
目の毒だ」
食満君は私を見ないで言う。
「っ、そういう言い方はないでしょっ」
「いいから、それを着たら送ってく」
いつも以上にぶっきらぼうな食満君に従い、大人しく私はそれを着ようとした。
でも、このまま着たらやっぱり下の単が濡れてしまうし、少しぐらいは乾かしたい。
ばさりと広げるとそれなりに大きいそれは善法寺君の着ていたものだ。
「……食満君は、大丈夫?」
「ん、着たか?」
「怪我とか、寒気とか」
「俺は鍛えているからな」
食満君の裸の上半身に触れると、ひどく冷たい。
少しでも私の熱が伝われば、冷たさも緩和されるだろうかと抱きつけば、勢いこんで引き剥がされた。
「なにしてんだっ」
「食満君も、冷たい」
「は?」
「こうしてれば、少しは温かいかと思って」
もう一度抱きついて、食満君を見上げると、みるみるうちに食満君の顔が赤くなってゆく。
「……美緒、あのな……」
「風邪、ひいちゃう。
死んじゃうよ」
じわりと目元に涙が溢れてきた。
そうだ、ここではただの風邪で簡単に人が死ぬ。
「帰ろう、食満君。
うちで、いいものあげる」
「いいもの?」
「食満君まで風邪をひいたら、大変でしょう?」
私はどんな顔をしていたのだろう。
食満君はいつもなら担ぐように私を抱えるのに、今度は雑渡さんと同じように私を抱き上げた。
「こっちのほうが早いから、しっかり捕まってろよ、美緒」
「うん」
私は食満君の首に腕を回して、しっかりと抱きついた。
耳元で風が唸っていたのはそう長い時間じゃなかった。
私は茶店に降ろされて直ぐ、食満君を衣装部屋で着替えさせ、彼に生姜湯を飲ませた。
「なんだこれ?」
「生姜湯、温まるよ」
食満君が生姜湯を飲んでいる間に熱いお湯を沸かし、暖めた手拭を持って、食満君のところへ行く。
既に着替えている食満君に一枚を渡し、もう一枚で彼の体を拭く。
「っ、自分でできるっ」
「いいからいいから」
ひと通り食満君の体を拭き終わってから、彼を店の奥にある自分の部屋の布団に寝かせる。
食満君の顔はここについてからずっと赤い、試しに額に手を当ててみたが、よくわからない。
じゃあと、彼の額に自分の額を合わせてみる。
「熱はない、か。
これからかな?」
「っ、お、おいっ」
「今日はうちに泊まっていきなよ。
学校には私が説明するから」
たぶん、今日は善法寺君も乱太郎も熱が上がるだろうし、三人も風邪ひきでは何かと困るだろう。
「断るっ」
「あはは、別に襲ったりしないから大丈夫だよー」
「そうじゃねぇだろ……」
何故か脱力した食満君を不思議に思いながらも、私は手拭を片づけ、食満君の着物も片付ける。
「今日はもうおとなしくしてなさい。
夕食は美味しい物作ってあげるから」
「……実験台にする気か」
「あはは、病人相手にチャレンジメニューは出さないって」
部屋を出て、私は勝手場に立つと包丁を握った。
あのぐらいの歳だと、体力の着くものを食べさせて、体を温めるのがいいだろう。
今日の夕食は鳥モツでも煮るか。