庭球短編

□哀しい夢
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「岳人の馬鹿!!!!!!!!」

叫びながら私は屋上へと続く階段を駆け上がる。

バンッ。

勢いよく扉を開けると、友達が教えてくれた通り岳人はフェンスの外にいた。

「岳人!?何してんの!?」

私が叫ぶと、岳人を遠巻きに見守っていた生徒達が道を開ける。

岳人は何も言わない。

その様子に不安になった私は言葉を重ねる。

「なんでそんなとこに……私を、びっくりさ
せようとしてるの?」

わけもなく震えが止まらなかった。

「そうだよね?危ないから早く戻ってきなよ。落ちちゃうかも知れないよ?」

岳人は応えない。

「……岳人?聞いてる?危ないって!」

「………俺、今から飛び降りるんだ」

岳人が何を言っているのか理解できなかった。

「え?もう一回言って?」

聞き間違いでありますように……。

「だからさ、飛び降りるんだって」

「飛び降りる!?いくら岳人でもそこから飛び降りたら死んじゃうよ!?」

冗談だと信じたかった。

でも…………岳人の目が本気だと私に告げていた。

その目は暗く沈んでいて、底のない沼のようだった。

「俺、お前のこと、好きだよ」

そういって岳人は飛び降りようとする。

「だめ!!!!!!」

声の限り叫んだ。

ぼんやりと岳人は振り返る。

「なんで?」

「岳人がよくても私がよくないよ!死ぬだなんてそんな事、聞くだけで泣けてくるのに……」

後半は涙で言葉にならなかった。

「…」

岳人は困ったような表情で私を見る。

「岳人……?何があったの?私にできることなら何でもするよ?」

おずおずと申し出ると、岳人は迷いながらも話し始めた。









話は、10日前に遡る。

「俺様の奢りだ!食え!」

跡部の横には大量の焼きそばパンがある。テニス部員全員分だ。

「あ…ありがと、跡部」

マネージャーとして運ぶのを手伝った私には特別に跡部から直々にパンを頂く。

苦笑しながらも、跡部の誇らしげな様子にまあいいか、とありがたく食べることにした。

たまたまその日、岳人は休んでいたのである。

私は一緒に食べようと思って岳人のクラスに行ったんだけど、休みだと聞かされて仕方なく一人で食べる事にしたのだった。

「俺はお前と一緒に焼きそばパンが食べたかったんだよ………なんで俺がいない日に配るんだよ!!!!」

「じゃあ食べようよ!!今から買いに行こ?」

岳人は力なく首を振る。

「あの焼きそばパンが最後なんだって……もう入荷しないって言ってた……だからもうお前と一緒に焼きそばパンを食べる機会なんて殆
どないんだ」

「そんな事ないよ!!帰りにコンビニとかで買って食べれるし、いざとなったら私が作る!」

それでも岳人は首を横に振る。

「俺は、あの焼きそばパンが食べたかったんだ」








私が必死に岳人を引き留めている間に周りにいた誰かが伝えてくれたのか、しばらくすると跡部が岳人の為にその焼きそばパンを大量に買ってきてくれた。

「おい!買ってきてやったぞ!仕入先を聞き出して買ってきたからこの前食べたものと全く同じなはずだ。」

「岳人!」

私は勢いよく焼きそばパンを岳人の前に突き付けた。

「…!」

岳人の目に光が宿る。これが最後の希望だ。ダメなら岳人はもう死ぬだろう。私の心臓はこれ以上無いほど早鐘を打っていた。

「それ…俺に?」

「当たり前でしょ!ほら!受け取って!」

岳人は視線を焼きそばパンから私に戻し、ゆっくりと頷いた。

目でこっちによこせ、と言ってくる。

私は屋上の風ですでに冷たくなった焼きそばパンをフェンスの穴に入れた。

正確には入れようとした。

「え…」

だが焼きそばパンと比べフェンスの穴ははるかに小さい。

よく考えれば入るはずもなかった。

しかし夢中で入れようとしていた私は気づかない。

「嘘!何で!?何で
よ!何で入らないの!?」

「…」

岳人の目がまた虚ろになっていく。どうして??ここまで来たのに!

「お願いだから…入ってよ…」

叫び声はいつしか嗚咽へと変わる。

焼きそばパンは崩れ、見るも無惨な状態になっていた。

「…もういいよ。ありがとう。」

岳人は私を哀れな物でも見るような目で見ると、私に背を向けていつでも飛び降りれる状態になった。

私は身体中の力が抜け、力無く座り込んだ。

フェンス越しに見える岳人の背中が遠く感じる。

「岳人、やめてよ…お願い…」


「もう一度…なまえと…焼きそばパンが…食べたかったよ…」

「岳人!!!」

そう叫んだときには、もう彼はそこに居なかった。






















「っていう夢を見たんだ、岳人」

「どんな夢だよ!!!!!」



(寝物語の最悪な結末)
 お題より

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