小説部屋

□Happy Birthday for 渚カヲル
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「……恨まれてるかもね」

カヲルがぽつりと呟くと、シンジは鋭い目つきでカヲルを睨んだ。
それを否定する様に、カヲルはぴらぴらと手を振る。

「勘違いするなよ。
君が、じゃない。
僕が、恨まれてるかも、って話」

「…君が?」

シンジの目は鋭さこそ消えたものの、ひそめた眉はそのままに、訝しげにカヲルを見た。

「そう。だって、僕や僕の同胞が生まれなければ、この世界が危険にさらされる事も、破滅する事も、君やフォースが巻き込まれる事もなかったわけだし」



それはまるで、他愛ない会話をする様に。
ただ、淡々とカヲルは言った。

「16年前の今日、僕は生まれ、そしてその日から、僕らのせいで、リリンは壊れていったんだ。
恨まれてても、おかしくはないだろ?」

「渚っ…!」

開きかけた口が、動きを止める。こちらを見つめてくる赤い瞳と、目が合った。
なにも知らない、生まれたての野生の獣のような目。
その鋭さとも似た光をたたえた目を、シンジは知っている。
心の中まで透かすような、視線。
それと同じ赤い瞳を持つ少女の姿がカヲルに被り、シンジの方から目を逸らした。

「そういう事…。簡単に言うなよな……」

「なんで?」

まるで子供の問いかけのような軽いニュアンスで、カヲルが問いかける。
シンジは自分でも気づかないうちに、下唇を噛んでいた。

「別に…、全部君が悪いってわけでもないんだし。
そうやってさ、全部抱え込むなよ…」

「抱え込む…?別にそんなつもりじゃないんだけど。
だってそれが事実だろ?」

これ以上、カヲルにどう言えば良いのかが分からなくなってシンジは言葉に詰まった。
心にモヤのようなものが掛かって、自分でも感情の意味が分からなくなる。

「そういうのじゃ、なくてさ。
誕生日なんだから…。もっと純粋に喜んだりとかしないのかよ…」

少しずつ言葉にしていくと、吐き出す呼気と共に、モヤが晴れて行くように感じた。

自分の感情を少しずつ探る様にして、シンジはそのまま言葉を続けた

「誕生日…ってさ、前は僕にも実感なんてなかったし、どうでもいいと思ってた。
…でも、それでもやっぱり誕生日なんだよ。
誰かが生まれた日で…、祝う事なんだ、喜ぶ事なんだよ
『君』には、分からないかもしれないけど…」

…僕は、こいつに、


「そんな…、自分に何もないみたいな、生まれて来なくてよかったみたいな言い方、するなよな…」


……僕はこいつに、綾波を重ねている……

自分には何もないといっていた綾波。
僕は綾波に、何もあげられなかった…何もしてあげられなかった。

だから……こいつの、あの目が。
昔の綾波みたいな、あの虚を持つ様な目が綾波と被って、辛かったんだ…


自分の中の感情が形を成し、それが理解できたいま、シンジにはそれが重苦しく感じた。

一方的に話し過ぎたな…、と反省して、カヲルに向き直る。
しかしカヲルは、何も苛立つ様子はなく、逆にきょとんとした表情を浮かべていた。

その表情が、あまりにもあの少女と違い過ぎて、シンジは自嘲した。

僕、こんなやつに綾波を重ねてたのかよ…

綾波は綾波で、渚は渚。
分かってたはずなんだけどな…

「……あぁもう…、つまりさ、

自分の誕生日ぐらい素直に喜べって言ってるんだよ!わかった?」

自嘲に値する自分の考えへの苛立ちと、何か分からない気恥ずかしい思いから、投げやりにシンジが言った。

丸く見開かれた赤い瞳には、やっぱり先ほどの様な鋭さは感じられない。
もう、あの少女の面影は被らなかった。

「君さ、自分の誕生日ぐらい、もっと前向きに考えられないワケ?」

わざと軽い口調でそう言えば、カヲルは今まできょとんとしていた表情を変え、にぃっ、っと笑みを浮かべた。

「それさ、さっき僕がシンジ君に言った言葉じゃないか!」

「あれそうだっけ?忘れたよそんなの」

わざとからかう様に言うと、カヲルも同じように突っかかって来た。

「へぇ、もう忘れたんだ。シンジ君ってトリ頭?」

「はぁ?!誰が!
ていうか君、余計な言葉だけは知ってるんだな…」

「なんだよその言い方…」

「別に?」


下らない口喧嘩を交わしながら無駄な時を過ごして笑い合う。
こうやって友達と過ごす時間なんて、カヲルには今までなかった。
誕生日を、『セカンドインパクトの起きた日』と言うことを除いて意識することも初めてだった。


「…ねぇシンジ君!」

「ん、なに?」

「…ありがとね」

「…別に」



うるさい位のひぐらしが、夏に終わりを告げている





HAPPY BIRTHDAY…



2012.09.13
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