小説部屋

□Happy Birthday for 渚カヲル
2ページ/3ページ



ザワ……と、木の葉の揺れる音が届く。
汗で湿った髪の間を、風が通り抜けていった。

2016年、9月13日
セカンドインパクトから丁度16年。
この日が来るたびに、カヲルは人間や自然の凄さを思い知らされるのだった。
少しずつではあるが生態系を取り戻していっている。
『生きたい』という気持ちの強さなんだろうと、カヲルは考えていた。


「渚」

不意に名前を呼ばれて、カヲルは驚いた様に振り向いた。
振り向くと、そこには見慣れた人物…。碇シンジがいた。

「どうしたの? シンジ君」

「別に…。教室も蒸し暑かったし」

そう言って、カヲルからは少し離れた場所で、壁にもたれかかる。

「ふーん…」

また、風が吹いた。
屋上にはいま、シンジとカヲルしかいない。
空を仰ぐと、綺麗に飛行機雲が出ていた。


「…シンジ君」

「なに?」

「飛行機雲、出てる」

シンジも、空を仰いだ。

「…今週傘忘れんなよ」

「なんで?」

「雨降るかもしれない。
飛行機雲出てるから」

シンジの言葉に、俄かに興を削がれたのか、カヲルは拗ねた様な表情をした。

「シンジ君さぁ…。
もっと前向きに考えられないワケ?」

「……そうだな」

でも洗濯物とか困るんだよ、と付け足して、シンジは壁から離れ、カヲルの隣で柵を握った。
隣とはいえ、距離はある程度ある。
カヲル自身、なんとなく人との距離感も分かってきたつもりだ。


だから、なにも言わなかった。


「……渚」

「なに?」

「今日、君誕生日だろ?」

驚いて、シンジの方を振り向く。
しかし当の本人はと言えば、別にカヲルの方を振り向く訳でもなく、淡々としていた。

…相変わらず無愛想だな…
と、カヲルは心の中でつぶやく。

「覚えてたんだ?」

シンジ君のくせに、とでも言いたげに、少し皮肉じみていう。
言葉の含みに気づいたのか、シンジの眉がひくついた。

「忘れる訳ないだろ。
こんな覚えやすい誕生日」

「まぁ…確かにそうだけどさっ」

カヲルは腕に力を入れ、柵に体重を預けて身体をのけぞらせた。
空が青いなーなどと、当たり前の感想だけが浮かぶ。


「そういえば君、僕より一つ年上だよね?
今日で16だろ、なんで一緒の学年?」

シンジは、前から気になっていた、とでもいうように、ふいに思い出したように言う。
カヲルが少し言葉に詰まると、シンジは慌てて「言いたくないならいいけどさ」と付け足した。

「んと…。
まぁ、同じパイロット同士、一緒にいさせた方が楽だったっていうのも、あるんだと思う。
君も聞いてるだろ?

その……去年の僕らのクラスは全員……ってやつ」

カヲルが言葉に詰まったのには、理由がある。
あのクラスに集められた子供達はみな、エヴァの専属操縦者、チルドレン候補だった。


『鈴原トウジ』という、シンジのクラスメイトであり、友人と呼べる人物もまた、フォースチルドレンに選ばれた子供だった。
カヲルも、話には聞いていた。フォースチルドレンが搭乗していたエヴァ四号機が、バルディエルに侵食され、エヴァンゲリオン初号機によって殲滅されたということを。
勿論、フォースも無事ではなく、命を落とした。

以前までのカヲルだったら、そのような事は気にしなかったのだろうが、今だったら、理解できるような気がした。


「あぁ…、そうだったね」


シンジは眉をひそめて、辛そうに遠くを眺めた。




次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ