白衣の帝王

□告げられる条件
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私はいつの間にか、リドル先生の方を体ごと向いていた。
両足の間に両手を突き、やや前のめりになった姿勢でリドル先生を見ていた。


「(悪ふざけ……だったのかな。)」


瞳を伏せたリドルの横顔を見詰める。そしてゆっくりと、首を傾げる。


「(悪ふざけ……だったんだろうな)」


んーむむむ、と首を捻った所で私は思う。そんなことよりそろそろ寝たい、と。そう言えば今何時なのだろう。と思ったけど時計無いからどうでもいいやー


「それはそうと―――」


不意に、先生は呟くようにそう言って、ゆっくりと目を開けた。眠りに誘われつつあった私は「はっ」と目を開ける。


「なまえ」


そして突然、チラと横目で、素早く私を見た。
整った顔立ちの所為か、まるで絵画の瞳が動いたかのように、私はドキリとする。
しかしそれは当然ながら、生身の人間だ。にもかかわらず、その半分に伏せられた睫が瞳に影を作っている表情はどこか“人間味”を感じない。「やっぱりこの先生ふとした時の顔が怖い」と思った。


「君は何か、勘違いをしていないかい?」


その唐突な問いかけに、私は「ふっ?」と思わず肺胞の空気を全て吐き出した。

唇を殆ど動かさないものの言い方や、瞳だけをじろりと向ける様。半分伏せた瞼、見下ろす視線。
……素でこれとか。リドル先生はまるで不吉を形にしたような人だなと思う。っていうか私にとっては実際不吉な人でしかないよ。


「“保健医補佐になります”とさえ主張すれば―――」
「(あっ、私もう主張する事になっているのですね)」
「“はいそうですか”と、即座になれるとでも?」


そう――じゃ、ないのだろうか。……あー……でもこの表情的にはそうじゃないっぽい。


「いいかい?保健医補佐になりたがる人間は君一人じゃないんだ。……君が思っている以上に、沢山存在するんだよ。」


自ら進んで雑用なんかをやりたがる人間なんて居るのマゾなの沢山とかここマゾまみれなの?と、私は思わず眉を寄せた。
一体誰が、と首を捻った途端、
私は「あっ」と目を丸くした。

そうだ、そうだった。




―――リドル先生は、モテるのだ。




保健医補佐ともなれば、リドル先生と一番近い距離にある。隣で仕事を手伝うとなれば、当然他の生徒よりもグッと距離が縮まり、会話を交わす機会も増える。
ファンにとってはたまらない立ち位置なのだろう。そう、彼女らにとって、保健医補佐という立場はまさに垂涎の的なのだ。

そりゃあ表でのリドル先生はただの好青年なイケメンだし。頭も良くて顔も良くてスタイルも良くて性格も良くて完璧なイケメンですしね表では。

モテモテだものなぁと思い出しながら、チラリと先生を見上げると、先生は顔で眉根に皺を寄せながら「チッ」と吐き捨てる様に舌打ちでもしそうな仕草で、顔を逸らす。
表では決してお目にかかれないであろう表情に、私は「おぉ……」と目を逸らす。
そして切り替える様に、あわてて口を開いた。


「ゆっ故に!保健医補佐となるためには何か条件がー、とか?」


話を逸らす為だけに発した、軽い言葉だった。
すると先生は表情を崩さず、事も無げに言った。


「その通りだよ。」
「ゑ」
「保健医補佐はたった一人しかなる事が出来ない。よって選抜する為条件がある。」
「“たった一人”?」


私は片方の頬が、ヒクリと引き攣った。


「条件ってー……もしかして、動機の内容に関する事、だったり?」


保健医補佐を志望する動機。
私そんなの全ッ然持ち合わせていないんですけど。中身カラッカラのままなんですけど。むしろ誰かに譲りたいんですけど。


「動機?まあ、表上は存在するよ。しかし僕が言いたいのはそれじゃない。―――話の腰を折るな」
「び」


手に持っていた万年筆で頬を刺され、私はポケットに入るモンスター的な声が出た。それにしてもペン先じゃないだけマシな方だこれ。


「動機などと言う不安定で面倒なもので判断する訳が無いだろう?」


人の熱意を“面倒なもの”とか言っちゃってるよ!!


「判断に使うのは、最も明確で絶対的である“数値”。つまりは学力試験の点数だ」
「ブッ!!」


と吹き出し、咳き込んだ。
しかしリドル先生は完璧なスルースキルを発動しながら続ける。


「希望者の中で最も優れた成績を残した生徒が選ばれる。」


私は咽た。


「ゴホッゲホッ、成績って、でも、それだったら私、もう既に落選したようなものじゃないでs―――」


先生は万年筆を私ののどに突き当てて言葉を遮った。そして、息を詰まらせる私に口角を歪めると、小馬鹿にしたような目で見下ろす。


「心配には及ばない。今までの成績は関係ないからね。来年度早々行われる試験の結果のみが影響するのさ」
「来年度の、って―――」
「春休み明けの試験だね」


その言葉に私は目を見開いた。今は3月後半。春休みは目前。つまり、


「もうすぐじゃないですかぁ!!―――んぐぅッ!!!」


リドル先生は片手で、顎を包むような形で頬を掴んだ。もう捻り潰すような勢いだ。


「つまり君は“幸い”その試験で群を抜いた高得点を残せばいいのさ」


ズイ、と顔を寄せられた。
私はその表情に、戦慄を覚え冷や汗をドッと流した。―――完璧な程に、美しい顔で笑っていたのだ。


「でも、ぜん゙ぜ―――」


しかし不可能は不可能なので、私は回避すべく潰された頬の隙間から声を絞り出す。すると―――


「群を抜いた高得点を残せばいいのさ」


口許で弧を描いたまま、クワッと言う効果音が似合いそうな程目を強く開いた。
そのギラギラとした、有無を言わせぬ鋭い眼光。漆黒の筈の瞳は、ランプの灯りをユラユラと反射し、何だか赤く揺らいでいる様に見えた。閻魔大王も吃驚なその表情、私は恐ろしさのあまり悲鳴を上げたいくらいだった。

リドル先生はプルプル震えそうな私をじっと見て、口を開く。


「“どうせならもっと別の方法を”とでも言いたげな顔だね?」


めめめ滅相も無いです、と否定したい心情とは裏腹に―――何故か私は、首を縦に振っていた。どういうことなの!?

するとリドル先生は続ける。


「“リドル先生との面接で選ぶ形を取った方が、先生の思惑通り私は確実に保健医補佐となる”“しかも私は楽が出来る”“一石二鳥じゃないですか”―――とでも?」


実際私は微妙に頭の回転がついて行けず、正直そこまで思いつかなかったが―――しかしそんなことが言いたかったに違いないし多分そんな感じだ。
故に私は取り敢えず何度かコクコクと頷いた。すると先生は、「いかにも愚鈍の考えそうなことだね」と軽く鼻で笑う。


「この方法を選んだことには、ちゃんと意味がある。」


リドル先生は、私の頬を掴んだ手で、グニグニと頬を握るように押す。


「君が保健医補佐となったとしても、あまりに雑用をこなしていると、やはり“無理やりやらされているのではないか”という懸念の生まれる可能性が、芽吹くんだ。」


余りに頬を押されるので、プクッと膨らませてみた。


「しかし、君が保健医補佐となるまでの過程で、苦労をすればする程、努力をすればする程、周囲はこう思うのさ。“あれだけ努力したのだ。嫌々やらされているのではなく、自らの意思をもって、己の選択から、保健医補佐として働いているに違いない”」


するとリドル先生は手を離し、代わりに片頬をプ二と摘まむ。


「つまり、そうした疑念の芽を確実に摘む為に、そうした方法を選んだのさ。君だって、並みならぬ努力を要する役目に好き好んでなりたがる人間を、疑う事はしないだろう?」


やはりグニグニと摘ままれるので、もう一度、頬を膨らませてみる。


「そして、君が最初に述べた通り、君がぼろ雑巾になろうがくたびれようが“本望なのだろう”“自らの意思でぼろぼろになるまで働いているのたろう”としか見られない。」


グイと押されて、頬から空気が出て行った。


「そして一部からは“あいつは被虐趣味でもあるのだろうか”と気味悪がられる」
「ちょ、それは困ります!」


私は思わず口にする。するとリドル先生は


「では仕事している様を目立たせない事だね」


と口角を上げた。
……それって結局、リドル先生の利に繋がるじゃないですか。

私は再び、摘ままれた方の頬を膨らませる。


「下僕は下僕らしく、陰でコソコソ働くのさ」
「ぃででででででッ!!!」


するとリドル先生は、膨らませた頬にただならぬ指圧を加え、抓った。私はもがく様して無理にその手を引きはがすと、涙目で見上げる。


「何するんですかッ!」
「君がさっきから変な行動ばかりとるからだよ」


しらっとした顔で言うリドル先生。


「……先生だって頬を摘まんだりグニグニしたりしたじゃないですか」


じっとりとした視線で見上げる。
するとリドル先生は、さも優しげな微笑を浮かべた。


「もう一度してほしいようだね?」
「いえ結構ですよ!!?―――いたたたた!!結構ですってばぁ!」



私の頬をどうしたいんだこの先生は!





























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保健医補佐の説明編(仮)長いですねー(笑)

因みにこの人達はずっと図書館に居ます。このままでは夜が明けてしまう……!(※だがしかし大人の都合で夜は明けない)


       

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