白衣の帝王
□たった一つのランプの下で
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「嫌だ、なんて言葉は通用しないよ」
そう釘を刺したというのに、まだ何か言いたげに口をもごもごと動かしたなまえを、リドルは蔑むような目で見下ろす。
「忘れたのかい?君は保健委員になる前に、僕の下僕だろう?」
念を押す、というよりはまるで、誰もが知っている常識を忘れてしまった人間を心配するかような口調だった。本気で寄せられた眉。大丈夫?とでも言いたげに。
……待って?何で私こんな扱い受けてんの?
その狼狽えた様な顔を見て、リドルは「愚鈍」と嘲った。―――無表情で。
その……真顔、とも呼べる表情。
しかしなまえは意気消沈した訳ではなかった。
この一夜―――否、
たった今の時間、たったこの瞬間でさえ
疎かにして流されてしまうと、私は一生後悔する事になる……!
そう、直感で思ったからだ。お先真っ暗展開はなんとしても回避するべく、彼女も必死だ。
やがてなまえは、ヒクヒクと口角を無理矢理あげると、「―――ふふふふふふ」と痙攣するように笑った。無理のある表情で。
「せんせ、正気ですか?」
その言葉に、リドルはなまえへ顔を向けたまま頬杖を突いた。そして、悪足掻きをする虫けらでも見るかのような目で、見下ろした。
その仕草や心情に、ほんの僅かにさえも驚いた様子の無いあたりがもう、すべてを物語っている。
それでもなまえはめげず、グッと力み真っ直ぐに見つめる。
「保健医補佐ですよ?保健医補佐!私はそんなお役に立てると思えないですけどね?難しい事は苦手だし、ほ、ほら!先生だってよく私に愚鈍愚鈍ってー―――」
「全くその通りだよ」
軽く百歩二百歩は譲ったにもかかわらず、あっさり頷かれてはいとも容易く一蹴されるなまえ。
「(Chi ku syoooh)故に別の人とかー……」
リドルは「あぁ、」と頷いて、頬杖を突いたままなまえから目を離す。そして顔ごと前を向いてはそっと目を伏せる。その横顔を、ランプの灯りが滑らかに照らした。
艶やかな黒髪や伏せられた長い睫、スと通った鼻筋に、形の良い唇のライン。リドルの美しい顔は、闇夜で橙色の灯りに照らされ妖艶さが際立った。
「確かに能力的に見た場合、君なんかよりも遥かに使い勝手の良い人間は沢山居る。このホグワーツという狭い規模でも、さ。それに、君はまさに馬鹿で愚かで五月蠅くて、耳障りで目障りで癪で無能な愚鈍だからね。」
……あれ?それ貶し過ぎじゃないです?
なまえは若干鼻の奥がツンとしそうな気もしたが、ここはグッと我慢して、「はは」と口角を上げる。
「ほ、ほらやっぱり!でしたら余計に―――」
「でも、」
リドルはなまえの言葉を遮ると、ス、と目を開ける。
そして顔を上げると、なまえへと向き合った。
リドルの真っ直ぐな視線に、なまえは瞬きをする。
二人の視線は交わり、見つめあう。
そして
「―――君しかいないんだ。」
「……今の台詞だけ見ると悪くないのに現実が笑えないです。」
演出に惑わされてはいけない。
リドルはそんななまえに、クイと口角を上げる。
そして再び頬杖を付いて前を向くと
「こんな台詞、僕の口から聞けたんだ。それだけでも至福の境地だと思え」
そう言って、長い睫を伏せた。
嘲笑じみているとはいえ口角の上がったその横顔を、なまえはしばし見つめていた。
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「(先生の……悪ふざけ?)」