ムゲン

□彼にとっての“友達”
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誰も居ない廊下を歩いていると、正面にリドル君が見えた。
歩みを進めながら見てみると、どうやら大きな窓の外から外を見ているらしかった。そういえばこの間も外を見ていた。リドル君は、何か感慨に耽る(かどうかは知らないけれど)際に、外を見る癖でもあるのだろうか。


「(でもどうせ、ろくなことを考えていないんだろうなあ……)」


乾いた顔でそんなことを思いながら通り過ぎようとした刹那、ふと目が合う。
リドル君は私だと認識するや否や、クイと顎を外へ向けた。つまり、「外を見ろ」ということだろう。
私は何だか惰性でリドル君の元へ寄ると、ひょいと窓の外を見る。するとリドル君が頭上で、多分外を見たまま口を開いた。


「ムゲン。君はあいつらのことを何と呼ぶ?」


相変わらず唐突だなあ、と思いながら目をやる。
そこは中庭で、ベンチに女の子が3人いた。3人はベンチに腰かけており、中央の子は顔を伏せ、何やら泣いている様だった。そこへ一人は身振り手振りで何かを話しかけ、もう一人は背中をさすっている。察するに、何か悲しき出来事があったであろう少女を二人が慰めている様だった。


「女の子、3人組……?」


質問の意図が分からなかった私に対し、リドル君は容赦なく杖を突き付けた。脇腹に刺さって痛かった。反射的に出た「えウッ」という声と共にちょっと横に飛ぶ。普通に物理攻撃だよ痛いよ。


「そうじゃないこの愚鈍。奴らの関係性を何と呼ぶ?」


リドル君は杖をしまいながら言った。
関係性?
そりゃあ、慰め合っている様な仲みたいだし、見た感じでは……


「友達?」


するとリドル君は、勢いよくこちらを見下ろしてきた。
眉間に皺が寄っている。思い切り「はァ?」と無遠慮な目で蔑んでいる。


「“友達”?」
「う、うん」


軽く動揺しながら頷くと、リドル君は片眉を顰める。


「君は“友達”という概念がこの世に存在し、尚且つその関係性が現実に存在するとでも思っているのかい?」


え、また急にそんな……
リドル君の頭はなんか複雑だ。しかも不健全な方に。

曖昧に頷くと、ため息を吐かれた。そして片眉を顰めたまま首を傾けている。
別にため息を吐かれるような回答をした覚えはないんだけど……


「リドル君には、友達いないの?」


……なんか言葉だけ見ると、凄く失礼な質問になってしまった。
しかし後戻りは出来ない。人類は、前に進むしかないのだよ!

しかしリドル君は動揺一つ見せず、というか全くその失礼さに気付いていない様子で、片眉を顰めたまま口を開く。


「僕に友達がいない訳じゃなく、そもそも“友達”という存在が“この世の中”に存在しないんだよ」


何それ初耳。とリドル君を見上げる。


「いいかい?この世には“敵”しか存在しない」


て、敵……


「人々はいくら良い顔をしていたってペルソナでしかないのさ。その仮面の下では常に人を小馬鹿にしてせせら笑い、欠点のあら探し。隙あらば攻撃を加えて、陥れようとする。」


この人、根底から他人全般を信用していないよ。
他人全般というかもう、全世界に対して信頼感が皆無だよ。

……しかし、それが“リドル君”にとっての真実なのだろう。
だとすると、とても恐ろしい世の中なのではないだろうか。誰も信用できず、信頼できず。周りに味方などおらず、手を差し伸べる人も、肩をさする人も全員敵。向けられるのは攻撃のみで、助けてくれる人は皆無。
そんな、危険な世の中。


は、はぁ。と曖昧な反応をする私を、リドル君は軽蔑したような目で見下す。


「いいかい?ムゲン。これが真実さ。だから精々油断しないことだね。どんなに良い顔をして近づいてくる人間がいたとしても、所詮偽善でしかないのさ」


何かすんごい偏見だけど。
すんごい偏見だけど、ある意味警告してくれているのかな……?
あらやだ。そんな見方も出来る私ってポジティブ。


自分に新たなる可能性を発見したところで、リドル君は「ところで、」と私を見た。


「君にも友達は存在しない。そうだろう?」


藪から棒な質問に対して、反応が少し遅れてしまった。しかしぼんやりと、思い返してみる。


「いや……私には、いるかなぁ」


ぼんやりと否定すると、リドル君が固まってしまった。
え。


「友人がいる?“ムゲン”に?そんな訳ないだろう」


私なんだと思われてるの。


「それに君はたいてい一人でいるじゃないか」
「まぁ、確かにそうだけど……」


「君は僕の話を聞いていなかったのかい?そもそもこの世に“友人”なんて存在しない。 それも“ムゲン”にいるなんてあり得ないね。」


何か食い気味で否定された。しかも何で名前を強調されたの。


「どうせ表向きだけの関係だろう?」
「……そういう訳でも、無いような……」


やはりぼんやりと否定する。
リドル君は数秒間こちらを見たまま固まったかと思うと、顎に手を当てて斜め下を見た。何かを考えているらしい。それと同時に、私には何だか、リドル君は動揺しているように見える。
リドル君はしばらく固まった後、チラ、と瞳だけでこちらを見上げた。


「……因みに、一緒にいて、どういうことをするんだい?」


どう、といわれても。
私は妙な質問内容に加えリドル君の声がちょっと小さいことに動揺しながらも、ぼんやりと振り返る。


「えっと……一緒に話したり、勉強について教え合ったり」
「それくらい僕も君にしている」


間髪入れずにリドル君は言った。
え、何か怒らせたのだろうか。内容が普通過ぎて?


「あとは……ああ、そうだ」


私はふと、ある出来事を思い出す。


「私が夜、眠れなくって。そのときに、温かいココアを持ってきてくれてさ。ぶっきらぼうに渡されたから、最初戸惑ったけれど、でも、美味しくて。それで、何をするわけでも無かったけど、私がうとうとするまでずーっと側に居てくれてさ。なんだか、そのとき、温かくて……とっても、嬉しかったなあ……」


私は心が温かくなって、自然と頬が緩んだ。



「……」


懐かしいなあ、と思い出に浸っていると「おい」と冷たい声を投げられた。
私は現実にカムバックする。ほわほわと漂っていたであろうオレンジ色の灯りたちが一気に消し飛んだ。
「へ?」と顔を上げた瞬間、私は凍て付いた。
鬼も逃げ出すような形相で、リドル君が私を睨んでいる。


「そいつと二度と話すな」
「え。え?」
「近づくことも禁止する」
「え」
「そいつだけじゃない。他の奴らとも関わるな。」
「え!?それはちょっと現実的に無――」
「言う事を聞けないのなら……」


殺す。
と、リドル君は意図も容易く言ってのけた。

殺す。という過激すぎる言葉が脳内でこだまする。
私は何処で何の地雷を踏んだのか良く解らないまま、固まっていた。
そんな様子の私を見たリドル君は杖を取り出すと、


「!?いでででででっ」


私を無理矢理頷かせた。首が不自然に下へ向いたため、油を指していないブリキの様な音がしそう。












「……ただし、この僕以外とね」











リドル君は去り際にボソリと耳打ちすると、颯爽と去ってしまった。
つまり、「僕となら友人らしい行動を取っても良い」とでもいうのだろうか。


「(……どういうこと?)」


意味が解らなくて思わず眉間に皺が寄る。
痛む首を摩りながら振り返っても、リドル君の表情は見えなかった。











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リドルさんは根底から人を信用していない猜疑心の鬼だと思う。かっこわらい。
その癖、後半は「嫉妬」や「独占欲」とでも呼べそうな、人間らしい反応をしていましたね。鬼畜ですけど。

ちょっとこれ、これ激甘過ぎましたね。

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