ムゲン

□青い湖と約束
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ムゲンは佇んだまま、青い湖を見詰めていた。
その瞳は真っ直ぐで、澄んだ色をしている。透明で、透き通るようなそれは、まるで涙の様だった。
水面を撫でた風が頬を撫でた時、ふと隣に居るリドルの視線を感じた。


そのとき、ムゲンは内心驚いた。
冷徹冷血、冷酷無残な“あの”リドルが、どこか、なんとなく、悲しそうな顔をしてこちらを見ていたのだ。
それでもムゲンは


「なんて顔をしているの」


と、小さく微笑むだけだった。


リドルはそんなムゲンの態度に、不服そうに眉をひそめた。自分がどんな顔をしていたのかは知らないが、微笑まれたのがなんとなく不満だったのだ。


「君の方が随分とおかしな顔をしているけどね。感傷にでも浸っているのかい?」
「浸ってないよ。ただ、この湖の青さを見ていたいだけ」


ムゲンは前を向いたまま、ぼんやりとした声で答えた。
リドルは何だか調子が狂った。
リドルの推測(もしくは分析と呼ぶのかもしれない)が正しければ、ムゲンからは確かに“寂しさ”が感じ取れたのだ。

リドルは口を開こうとして、止めた。
それではまるで、自分が“心配”でもしているかのように感じたからだ。
代わりに「こんな海の藻屑の様な奴、」と心の中で呟いて、同じように湖へと視線を投じた。


「リドル君って、社交ダンスとか得意でしょ」


唐突な質問に、リドルは返事が些か遅れる。


「当然だろう?この僕に出来ないことはないさ。無論、人を魅了することに関しては特にね。」

しかしいつもの調子でサラサラと自分を称賛する。抜け目のない奴である。


「じゃあ、私にワルツを教えてよ」


突然ムゲンが、リドルを見上げた。
その瞳は、いつも宿している(様に見える)眠気が吹き飛ぶどころかキラキラしている。
リドルはその勢いにやや仰け反りながら息を詰まらせ、双方の瞳を交互に見た。……近い。リドルはその勢いに押されるように「あ、あぁ」と声を零した。
それを肯定の合図だと早合点したムゲンは、嬉々とした表情で前を向いた。


「素敵なワルツがいいな。服装にこだわりは無いけれど、美味しいワインが欲しいな。飲んだことはないけれど、あ、そうだ、」


ねぇリドル君、と饒舌なムゲンを、リドルは調子を狂わせたまま見下ろす。すると突然、小指を差し出してきた。


「ワインが飲める年齢になっても、このことを忘れないでいてね。」


約束、と微笑んだムゲンに、リドルはぎこちなく、手を泳がせた。
その手はやんわりと小指が立って居るものの、初めての行為のためどこかたどたどしい。
しかしムゲンはお構いなく、そっと小指を交しては、ぎゅっと結んだ。


「約束ね」


リドルはやや目を丸くしたまま、固まっている。
ムゲンは突然「あ」と残すと、そのまま颯爽とその場を去ってしまった。

取り残されたリドルは、解かれた小指を見詰めていた。
“約束ね”というムゲンの声を、脳裏で繰り返しながら。














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ムゲンさんによる、乙女の空想……のようなものを垣間見たリドルさん。

それにしてもマイペースなムゲンさん。リドルさんに慣れてきたのかもしれない。
その反面、ちょっとたまに圧され気味なリドルさん。

ムゲンさんの所為でリドルさんがコミュニケーション苦手な人みたいになるときがある(迷惑かつ不名誉)。




              

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