ムゲン

□運命のひとつ
1ページ/1ページ







今日の授業内容には決闘が組み込まれている。




たった一行に収まるこの事実を目の当たりにし、私はこめかみを指圧した。
一言で言うならば、厭だ。とても厭だ。怪我は痛い。痛い事は不快。不快なことは厭だ。そんなマジカルなバナナが脳内でぐるぐる回っている。

そして何よりも懸念すべきなのは、合同授業の相手がスリザリンだという事。彼らは容赦しない。容赦しないどころか「日頃の恨み辛みを恰好の場だ」と言わんばかりに挑んでくる。
しかしそれは―――決して一方的なものではない。グリフィンドールの皆もまた、同じ姿勢だ。きっと全力全身でぶつかり合うであろう敵意。私は胃が痛くなってきた。



私が指名した二人で組んで練習して貰います。自由に呪文を掛け合ってください。



と先生が言った。私はその地獄のような宣言に右足だけでタップダンスをしたい気持ちになる。しかしそんなことは出来ない、常識的に。私は名簿を読む先生から視線を外しては瞳を閉じ、脳内で祈った。「スリザリンはイヤだスリザリンは嫌だスリザリンは厭だ」
その時、先生は私の運命の相手を告げた。


「ミス・アトリエイリスは、えっとー―――」
















「“ミス・ユリフィーネ”と組む事。」

















パッと、私は顔を上げる。

彼女は私と同じ、グリフィンドールだ。
つまり私の相手となるのは、スリザリン生ではない。
胸に歓喜の声がこだまする。よっしゃこれで穏便に且つ平和に授業が終わるで!

私は杖を指先で回すとバトンの様に軽く上へ投げてキャッチする。
そしてキャッチした瞬間、


ふと、思った。



私はこんな時でさえ、つくづく平凡な展開に収まるのだな、と。










***






「はいそこまで!」


と手を叩く先生に、全員が行動を止める。それにしても所々焦げ臭かったり異様としか言いようのない香りが漂っていたり、視界の隅に見てはいけないものが過ったりするのだけれど、毎度の事なので私は黙って呼吸を最小限に抑える。


「ここで何か、気付かないかね?―――はい、そこの君」


消臭剤が必要です、と内心答えた。しかし無論不正解で


「はい、先生。時間がまだ十分に余っています」
「その通り」


この声リドル君じゃん、と思った。
彼はスリザリンの点数稼ぎにかなり貢献して―――ってちょっと待って。時間が余っていますって、それ


「そう、本物の決闘をする為の時間が余っているのです。」
「ングッフ!!」


私は思わず吹き出してしまった。――Oh,no.今先生と目が合った。そして、微笑まれた。私は冷や汗を流す。懊悩。


「OK!じゃあミス・アトリエイリス!まずは君からだ」
「―――へぁっ……」


掠れた空気が肺から漏れ出た。
私は途端に、地面がコンニャクと化したような奇妙な感じを受けた。

グリフィンドール生、皆の視線を感じた。やがて視線は励ましに変わる。「お前ならやれる!根性を見せてやれ」やら「グリフィンドールの勇敢さを見せつけろ」やら「あんな奴等やっつけてしまえ」などと、背中にずしずしとのしかかる。

そこで闘志に燃えたグリフィンドール生の一人が、頬を上気させながら先生へと声を上げた。


「先生!相手はどなたなんですか?」
「どうせならスリザリンの皆がいいと思います!」


―――誰?今発言したの誰?

私は目ん玉をひん剥きながら左右否、360度を見渡した。どうやら同じ寮の―――君か……!

すると寮の皆が歓声を上げる。止めて。そうやって挑発するの本当に止めて今だけは止めて。
すると向こう側に居るスリザリン生の一人が、スと手を挙げた。鼻筋の通った気の強そうな、凛とした―――


「私たちもそれが良いと思うわ」


火に油そそいじゃったよ……!
こうなっては両者一歩も引かないどころかある意味意気投合。先生も笑っているだけで止めやしない。


「OK,OK.では相手は―――」
「お前らスリザリンで決めていいぜ」


―――ん?


「な?ムゲン!」
「んん!?」


私の両肩を掴んだその人は、眩しく笑っていた。

駄目だって狡猾とか言われているスリザリンにそんな事言ったらマジでおっかない人物持ってくるって!学力や魔力そして戦力頭脳が最高峰に長けた人を―――




そこで私はハッとした。



スリザリン。
おっかない人物。



「―――トム。あなたしかいないわよね」




向こう側で歓声が上がった。こちら側でも、皆が声を上げている。

皆の熱気、または殺意という冷気が爆発せんばかりに溢れている中、私は時が止まったかのように、動けないでいた。

全てがスローモーションで再生されるような、夢の中にいるような。


リン―――






頭の中で、何かの音がした。




皆の声が不思議と、遠くなった。
午後の光が溢れているこの教室は、朗らかだった。




陽の光が差しこみ、窓枠が金色に輝いている。




スリザリン生の群れから一人、背の高い頭が覗いている。



悠々と、皆の間を縫って前に現れる。彼の通る道は、自然と開ける。



一歩、カツンと長い足が伸びたかと思うと、全身が現れた。そして優雅に腕を組む。



私は誰かに背を押され、一歩二歩と前に出た。
目の前には―――








背の高い
微笑み
私の名を呼ぶ





















「やぁ、ムゲン―――」

























―――リドル君。

















----------

まさかの完全無欠リドル君との決闘です。
次回、どうなることやらですね。









          

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ