ムゲン

□秋の紅葉
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緑、というのは不思議なことに人を癒す力があるそうだ。




そんなことを思いながら、ぼんやりと前を見詰めていた。
秋にふりそそぐ、やわらかな陽射しが心地好い。

芝生に腰を下ろし、だらしなく両足を広げては投げ出している。後ろに倒れてしまわないように、両手は後ろに付いていた。
スカートが捲れてしまう心配はない。なぜなら、小股と小股の間に本を置いているからだ。さながら漬物石の様に。
……おや。そういえばこの本、マグルの図書館で借りたものである。




……そのまま、ホグワーツに持ってきちゃったよ……。




何と言う痛恨のミス。
返すのが一年後ともなると「ちょっとうっかりしてました☆」じゃ済まされないぞどうするのだムゲン。てへぺろしようものならそのまま顎アッパーで下を噛み切るレベル。


でもまあ、仕方ないしなぁ
と空を見上げると、急に視界が陰った。









「こんな所で何をしている?ムゲン」








んぁ、と情けない声を漏らしながら首を持ち上げると、そこにはリドル君が居た。こちらを見下ろしている。……ローアングルでもイケメンってとんだ美男子具合だよね。「上から撮る方が美しくなる」という鉄則を意図も容易く覆しやがったッ。

リドル君は微かにため息を漏らす。


「平日だというのに、まるで休日を過ごすかのような体たらくだな」


リドル君は例の如く一言罵りながら、隣に腰を下ろしてきた。……ゑ?


「リドル君こそ、こんな所で休んでいていいの」


まさしくブーメラン発言を放ったリドル君に、おもわず指摘してしまった。するとリドル君は「あぁ、」と短く言うとくつろぐように片足を伸ばした。そしてもう片足は立て、その上に肘を置く。


「授業が急遽中止になったんだよ」
「……中止」


ぼんやりと水面を眺めたまま、なんとなく復唱した。疑問文ではなかったのだけれど、リドル君は続けた。


「何やら授業で使う予定だった薬品が爆発してね、」


爆発……?


「それで、中止さ。まぁ、僕も後処理を手伝ったものの、どうにも授業を再開できる状態ではなかったしね。何しろ先生の方が羞恥心からかやる気を失せていてね」


つらつらと述べられた状況に、ふと悪寒を感じた。

横目でチラリと、リドル君を見上げると……何とも邪悪な表情ではないか。

そこで私は在る考えが脳裏を過った。つまり、
リドル君による、計画的犯行ではないのか……?しかも処理を手伝うことにより好感度はアップ。さらに先生の羞恥心を刺激することにもつながるという一石二鳥。その結果、「授業中止」という目標の達成へ――


「……もしかして、さ」


私は口を開きかけたが――止めた。リドル君が何とも言えない鋭い視線をこちらに寄越したからだ。その口角が、不敵な笑みを浮かべていた時点で「よし。絶対触れないぞ!」と決意した。


「ところでムゲン」


不意に話しかけられて、私は再びリドル君を見た。リドル君は細い首を曲げて、こちらに視線を流している。


「君はそうもいかないだろう?授業の筈じゃないのかい?」
「……あー」


確かに、そうである。


「何だい?その間の抜けた返事は。」


危機感というものを一切感じ取れない。まったく、風上にも置けないな。
と、リドル君は相変わらず罵倒する。

でも―――

まるで意味を纏わない台詞ように、その端々に棘は無い……ように感じられた。私は「はい、」と息を吐くと同時に出す様な声で返事をした。「はぁ、」という発音に近いそれは、返事と呼べるのかはわからないけれど。


「あ。」


不意に声を漏らすと、リドル君がこちらに視線を寄越す気配を感じた。私は少し斜め上あたりを見上げたまま、続ける。


「知ってる?リドル君。」


思わずズイ、とリドル君へ顔を寄せてしまった。リドル君はどういう訳か、少々息を詰まらせた……ようにも見えたが、気の所為かもしれない。見よこのポーカーフェイス。私は再び前を向くと、ぼんやりと向こう側にある木々を眺めた。



「緑はね、人を癒す力があるんだって」



「Hun?」とリドル君が眉を寄せる気配がした。「ね、」とリドル君を見ると、リドル君は「ふぅん……」と漏らしながら前を見た。












「……紅葉を見られながら、言われてもねぇ……」










目の前に広がるのは、赤や黄色と言った、秋の美しい木々だ。
――緑は、無い。



「君は、」



リドル君は同じように両足を投げ出すと(ただし私と違って上品だ)、後に両手を付いた。



「やっぱり馬鹿なんだろうなぁ……」



そんな事を言う癖に、
リドル君は私と一緒に、紅葉を眺めていた。

















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「そういえば。スリザリンって高セよね」
「だからなんだこの愚鈍」




                       

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