ムゲン

□動き揺れた心臓2
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所詮人間は人間であるが故
陸の上での生活がお似合いだ。


自分でもよく分からない哲学的な何かを思いながら、私は後悔した。
私は今、水中も水中、水のど真ん中にいる。


しかも私はお馬鹿なことに、巨大イカに会えるという興奮からローブのまま飛び込んでいた。さらにお馬鹿なことに、潜水時間の延長が期待できるというハイパーポーションの調合を失敗したらしく。息が全然もたなかった。

一生懸命もがくけれど、ローブが重いこともあって上手く動けない。浪費する体力も呼吸も限界に近い。まるでフグの様に頬を膨らましたまま、懸命に上を見る。


っていうか巨大イカいないし!!!


心の叫びを心中で叫ぶと、あろうことか空気を思い切り吐き出してしまった。
ゴボゴボと水中で球体となった空気が上へ昇る。
嗚呼!と惜しむように上を見上げた。
ゆらゆらと上昇する、空気の球。
揺れる水面に差しこむ光が
網膜に焼き付く。

きらきらと
きれい。


ああ
……もう、




だめ……






水面へと伸ばした手が
白くぼやける。
そのまま全ての
輪郭が溶けて―――




気のせいだろうか。
確かに、今
大きく飛び込む音が聞こえたのは―――








***




「ムゲンっ」




どこか遠くで、声がする。
身体にあたる冷たい風。寒い。




「ムゲンっ……」




―――あれ?
でも、なんだか温かい。
腕、肩、頬。
まるで、包み込まれている様な―――



「ムゲン!」
「れ……?」


ぼんやりと瞼を開く。
光を覆い隠すように、黒い影。
ゆったりと、瞬きをする。

目蓋を開いて、映るのは


「りどる、くん……?」


しっかりと私を抱き留めて、顔を覗き込んでいるリドル君の姿だった。


……あれ?でも、どうだろう。
リドル君って、こんなに柔らかい表情をできるのだろうか。
それも、安堵した様な―――

酸欠故か上手く頭が働かず、ううん、と一度目を閉じる。再び開くと、そこには、普段と変わらないリドル君の表情。やっぱり、さっきのは見間違えだったのかもしれない。
って、いうか。


「どうして、リドル君が居るの?」


どうして、と問われ、一瞬リドルの動きが止まった。
そして短く息を吸うと、口を開く。


「君が溺れるとわかりきっていたからね」
「え―――」


今度は、ムゲンが動きを止める方だった。

つまり、それは。
まさか、
あの、あのリドル君が
私を
助け―――?


「人助けほど、高い評価を得られる事象はないだろう?」


……え?


「人はどういう訳か、人助けというものに崇高さを見出している。そして救済者に高い評価を与えるのさ。それも、事が大きければ大きいほどね」
「……」


うん―――知ってた。
私はふと、全身の力が抜けた。さぞ安らかな目をしていることだろう。


「おつむの弱い君が湖に特攻すれば、どうなるかわかりきったことだ」
「……う」
「必ず溺れる。火を見るよりもあきらかさ」
「む、」
「それを救えば、どうなると思う?そう、僕はますます、周囲から高い評価を得られるだろう」
「いえす、」
「それだけではない。きっとスリザリン寮に得点が入るだろうね。そして僕は、さらに崇められる存在となるのさ」


むしろ清々しいほどの告白に、私はもう何も思わなかった。安らかだった。そんな私の口から「そうかー」と何とも言えないあっさりとした声が漏れる。それは、私の頭がまだぼんやりとしているからだろうか。
実を言うと、上手く思考が働かない。耳もぼんやりとしか聞こえない。私の感覚機能はまるで浮遊感に包まれているかのような、不確かなものだった。



――それにしても、巨大イカを拝むことが出来なかった。




「……なんだか、また不満そうな表情だね?ムゲン」
「だって――巨大イカも拝めずに、溺れて、死にかけて、助けられたと思ったらちゃっかり利用するためだったりするし」


そこまで言うと、私は小さくくしゃみをした。
リドルはバッと、両腕の中でぐったりとしているムゲンを見下ろした。



“助けられたかと思ったらちゃっかり利用する為だったりするし”
“ちゃっかり利用する為だったりするし……”
“利用する為だったりするし……”



その言葉が胸をこだまする。
実はリドルさん、この言葉に動揺して居たりする。(だったら言わなきゃ良いだけの話な気もするが、リドルさんにとってはそうも出来ないのだろう。なんという複雑な)。


「でも、」


ムゲンは湖の方から目を離し、リドルを見上げた。




「助けてくれて、ありがとう」
「――……」



へらりと笑った、ムゲンの表情。
やわらかく目が弧を描き、硝子球の様な瞳が揺れる。

初めて―――かも、しれない。
面と向かって、ムゲンが笑いかけるのは―――


「この、愚鈍。」


リドルはフン、と鼻を鳴らしながら目を伏せた。







「君が問題を起こすたびに――僕が助けることになるんだ」







「え?」とムゲンが、不確かな声で聴き返す。しかしリドルは何事も無かったかのように無視をする。そして有無を言わせずに、ムゲンを抱えたまま立ち上がった。


「今なんて―――うわっ」
「どうせ体もろくに動かせないのだろう?ムゲン。だったら無力で無能な病人の様に、大人しく僕に身を任せることだね。」


いちいち言葉の端々まで棘を散りばめるリドル君。しかし、それは図星だったりする。水中での体力消耗が激しかったらしく、私はもう使い過ぎたクッションの様にくたくたしていた。故に抵抗する程の元気も無い。
でも、いいのだろうか。
だってさ、
普通にこれ、お姫様抱っこだけど


「恥ずかしいとか、」


そこでリドル君は、不意に足を止めた。


「恥ずかしい?」


私を見下ろす。


「どうしてだい?この僕なんだ。とってもさまになるだろう?」


にやりと、リドル君の口角が上がる。
それはもう、美しい悪役のそれで。


「君は瞼を閉じ、蝋人形の様にぐったりとしていろ。君が重体に見えれば見える程―――」
「リドル君の評価はあがるものねー」


あーめん。
と私は目を閉じた。















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この連載にしては甘いお話です。この連載にしては!!(笑)


よくよく考えてみますと、白馬の王子様よろしく水中に飛び込み助け抱きしめては心配そうに名を呼び最終的にお姫様抱っこですからね。あーめん。くわばらくわばら。
故に、ちょっとらしくないお話となってしまったかもしれませんね……

もう、素直に「心配だから助けました」って認めてほしいですよね。自分に。
しかし多少の打算も本心だったりする方が、なんだかリドルさんらしいかもしれませんね。
助けたくせに!!(自重)









          

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