ムゲン
□指先とぬくもり(別視点)
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おや、と私が足を止めたのは
泣く子も黙る何とやら、そんな丑の刻に近づく手前のことだった。
つまりそう。スーパー出歩き禁止タイムの真っただ中である。
私が視線を止めた先には、一人の人物が見えていた。背の高い――誰だろう?
その後ろ姿は、普段よりも月明かりに照らされて、夜にも拘らずぼんやりと浮かんでいた。そう言えば今日は満月だ。しかも今日は晴天であったため雲は無く、普段の夜よりもより明るい。
首ごと視線をそこへ向けたまま、私は一歩、二歩、と進めていた足を戻した。そうすることによってよりはっきりと、その人物が目に入る。黒髪に、長身。スリザリンのローブ。……あぁ、うん。
これはリドル君だろう、
という結論に至るのは割と容易かった。なぜなら夜に出歩く人物なんてそうそう存在しないからである。しかし一番決定的なのは、“形の美しい”後頭部だった。わーおはいはい美人美人。
私はNOTマグルにとっても魔法のアイテムである、チートマントを鞄へ仕舞い込むと、爪先をリドル君へ向け歩を進めた。……ところでこの、「※」マークでも付きそうなチートマントについての詳細は別の機会に。
一歩、二歩と進む度に、リドル君の姿がはっきりとした。
そこで私はハッとする。
リドル君のルーモス加減は、相変わらず絶妙だ。足元を確実に照らしてはいるものの、周囲に決してばれない様な加減。
大抵の人のルーモスは、成績・魔力・身体能力に関係無く大体同じ明るさだ。しかしリドル君は、違う。その明るさを意図的に操っているのだ。ただ周囲を照らすだけではなく、必要に応じ光加減を調整するだなんて、何だか抜かり無い。
私はこの、周囲に決してバレない様を見て思う。彼にはねじまがった狡猾さが滲んでいるのだろう、と。
リドル君は時に、素知らぬ顔でチートを発動し、確固たる利益を掌握する事がある。しかもそこにある絶対条件は、誰にもチートを見破られない事だ。人はそれを時に狡“賢い”と呼ぶのだろう。
しかし私は言いたい。「この卑怯者め」と――なんて思ってみたりする私にはやはりグリフィンドールの血が流れているようだ。……とか何とかいつかどや顔で言ってみたい。
……しかしリドル君にしては、どこまでも私に気付かない。
いつもならば後頭部に目が着いているのだろうか?と思う位に鋭い勘を持っている上に、半径5メートル以内はすべてお見通しだ的な空気を纏っている癖に、どうしてこうも気付かないのだろう。
見れば何だか、夜空を見上げているようだった。それも棒立ちで。――え。リドル君も星とか眺めたりするのだろうか。それとも何か、目が良くなりたいのだろうか。
私はその背へと、歩を進めてみた。
残り3メートル、2メートル。
それでも気付かずに。
私は何となく、足を進める。
びゅう、と二人の間を抜けた夜風が冷たい。
そこで「あ」と私は足を止めた。
―――リドル君は、マフラーを巻いていない。
この季節まだマフラーを巻いていない人物はチラホラいるが、それにしたってこんな時間だ。日光無しで風に晒されるのは、なかなか厳しいのではないだろうか。
私は特に深いことも考えず、気付けば自分のマフラーを外していた。やはり寒い。
私はもう十分に温まった。
だからもう、要らない。
ならば、と私はリドル君にマフラーを掛けた。
リドル君は、酷く驚いたように振り返る。
パッと振り返った時の、その表情。
髪がふわりと膨らんで、横へ横へと靡いている。
それに釣られるかのように、私のローブもフワリと舞った。
「ムゲン―――」
今度は私が、目を丸くした。
今のリドル君の表情は酷く―――無防備だ。
パッチリと見開かれた目に影は無く、ただひたすらに、私が映っている。
そのまま、時が止まったかのように。
ただ、何も言わず、何も言われず。
しばらく沈黙が続いた。
――この人は。
やたら見下ろしているけれど、何を思っているのだろう?え、私の顔に何か付いているのだろうか?眼球に?直に!?それにしても何故、じっと見つめているのだろう。そもそも何で止まっているのだろう。
まさしく呆けたように見上げていると、リドル君は唇だけを動かした。
「君は―――」
そこまで言ったかと思うと、リドル君は急に目を逸らした。そして再び顔を上げたかと思うと……何だか妙に皮肉っぽい表情となっていた。何だ。私の眼球にやはり何か付いているのか。
「夜間の出歩きは禁止だと、肝に銘じた上での所業かい?」
皮肉っぽい顔で見下ろしたまま、リドル君は左の口角を上げた。
そんな表情を、私は何となく、ぼんやりと見上げていた。
背後には星空が、月明かりが、その艶やかな黒髪を照らしている。
無防備な、首筋さえ――
絵画みたい。
でも、絵画じゃない。
絵画なら、
この寒さは感じない。でも、絵画じゃないなら
「リドル君は寒そうだ」
私は再び、足を進めた。
二人の距離はもう、残りが少ない。
よくこんな気温の中、棒立ちで居られるなとそう思った。
冷えると言えばまず、指先が思い付く。そこでリドル君の手に視線を下ろすと……あーあーあー、ほらやっぱり。
私は赤くなっているリドル君の手を取った。……何だこれは冷たすぎて気の毒になる。ただでさえ細い指は、さぞ良く冷えることだろう。あーこれは
「こんなに赤くなってるよ」
そう言ってリドル君を見上げれば、リドル君は呆けた顔をしていた。
「否……え、」
リドル君は呆けたような声を出した。
……
リドル君が、呆けたような……?
これはもしかすると、大変な事なのかもしれない。大事件か。
そう言えばいつの日だったか「リドル君が呆けたような表情となるのはどんなときなのだろう?」と思ったことがあったような気もするが、まさかこんな事で見られるとは。何だか呆気ないものである。しかも理由が「自分の指がくなっていると気付いた」だなんて、拍子抜けとも呼べるかもしれない。または「自分の指が赤いと指摘された」。最早意味が解らない。
そこでふと、私は思う。
“呆ける”という、最も一般的で人間らしい反応。
リドル君って、何だか妙な所で
『実は何でもない人間、だ』と
思わせるのかもしれない。
そんな事を思った。
“実は、何でもない――”
「君は――」
ポツリと言ったリドル君の両手を離す。
少し温まったような気がしたからだ。
“人間、だ”
ならば、と今度はマフラーへと手を伸ばす。
別に丁寧に巻く義理も無いので、さっさと巻いてしまう。
「何故、こんな時に―――」
その言葉に、私は顔を上げた。
なぜこんな所に居るのだろうか、という事だろうか?
「だって、」
そこで私は言葉を切った。
“何でもない人間”ならば、ちょいと仕返しをしてみようか。
そんな考えがちょいちょいと頭へ浮かんだからだ。
理不尽を突きつけられる事への仕返し。
何度かくらった、あの――
突然意味不明で
突拍子もない理論を押し付けられた時の感覚、を。
リドル君にも、くらわせてみようか。
「相思相愛だから。」
告げた私はちょっぴりと
悪役めいた顔をしていたかもしれない。
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ムゲンさん視点では
すっかり雰囲気が変わります。
彼女は別に、何でもない様子だったようですね(おや)。
もう少し続きます。