ムゲン

□指先とぬくもり
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冬も近いこの季節、夜風は冷たく乾いている。
ひゅう、と吹き抜けるそれは
指先から心臓の奥までじわりじわりと体温を奪ってゆく。











そんな中、リドルは夜空を見上げていた。








重い視線を持ち上げた様な三白眼。
形の良い眉間には、薄らと皺が寄っている。




何かを恨んでいる様な、憎悪という排他的な情熱と敵意に燃えている様な
はたまた何も映していない、虚ろで廃園に朽ちた空虚に枯れている様な
そんな、目で。




無防備な首筋が凍えようと




風に晒された指先が赤くなろうと




吐く息が白く流れようと






リドルは真っ直ぐに、夜空を見上げていた。
















その時





ふわりと、首に暖かい物が触れた。


突然包み込んだ温もりに
リドルは目を見開いた。

そしてそのまま、くるりと振り返る。
そこには











「ムゲン―――」
























***




きょとん、とムゲンは目を丸くした。
目の前でこちらへ振り返るリドルが、余りにも目を丸くしていたからだ。

リドルは長い睫の特徴的な目を、パッチリと見開いたままだった。その美しい硝子球のような瞳は、まるで夜空の星を吸い込んだかのような錯覚を覚える。


しばし、否しばらくの沈黙の後。
ムゲンが「え、」と口を開くよりも早く言葉を口にしたのは、以外にもリドルの方だった。






「君は―――」





例の如く目を丸くしたまま真っ直ぐ見つめる瞳には、やや目を丸くしたまま静止しているムゲンが映っている。
二人は見つめあったまま刻が止まったかのように動かない。



ただ、唯一


二人の靡く髪と膨らむローブのみが
その場に刻が流れている事を示していた。








――何故、こんな時に。







リドルはそのたった一言を仕舞い込むように口を押えると、「否、」とやっと目を逸らす。
ムゲンは「え。え?」と相変わらず一歩空気に着いて行けていない様な顔をしている。


リドルは一度、ゆっくりと目を閉じた。
そして再び顔を上げると皮肉っぽい口角を作り、代わりに別の言葉を口にする。


「夜間の出歩きは禁止だと、肝に銘じた上での所業かい?」


リドルはムゲンの瞳を見詰めると、その思考を想像した。そして、おおかた「己の事は棚に上げ、素知らぬ顔で何を言ってのけているのだろう。」なんて思っているのだろうと踏んだ。リドルはムゲンを見詰めたまま腕を組むと、「さあどんな皮肉を返そうか?」とやや顎を上げる。















「リドル君は寒そうだ」






その瞬間、リドルは呆けたように固まった。
一度細めた目を、再び丸くすることになってしまっている。






――こいつは、何を






何の言葉を返す間もなく、
ムゲンは「ね、」と一歩近づいた。
そして





「――、」





リドルの両手を手に取った。
骨ばっているが上品に指の長い手。
それをムゲンの小さな手が包む。






凍えた指先に、伝う温もり。






「こんなに赤くなってるよ」



呆けたリドルを、ムゲンは見上げる。
少し間の抜けたリドルの瞳に映るのは、相変わらずぼんやりとして何をどうとらえているのか良く判らないムゲンの表情。




ただ、確かなのは
両手包む、やわらかい温もりだ。

















「否……え、」





そんなはっきりしない言葉を零したのは、毎度の如くムゲンではなく、まさかのリドルの方だった。こんな日が来ることなど、誰も予測しなかったであろう。リドル、本人でさえも。


「君は――」


するすると、ムゲンの両手が離れる。
熱を再び取り戻した指先が、その感覚を鮮明に記憶する。
ムゲンはリドルに掛けたマフラーへ手を伸ばすと、ゆるゆると巻いた。……しかしやや手つきが雑だ。




「何故、こんな時に――」




リドルは不意に、思っていた事を口にしてしまった。
糸が解けるかのように、滑らかな様子で。



ムゲンは再び顔を上げる。



「だって、」



月明かりの下。
二人の視線が交わる。
























「相思相愛だから。」






























口にし終えたムゲンの唇は、
目尻と共に
クイ、と弧を描いた。
















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