白衣の帝王

□新しいルール(強制)
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「どんなに小さな怪我だとしても、保健室に来ること。」


リドルが説明したルールを、なまえは頭の中で復唱した。それと同時に、取れた制服のボタンを縫い付けていた手が止まる。

パッチリとした瞳でじっと目の前のソファーに座るリドルを見ていたが、やがて表情が華やいだ。

「ってことは先生!怪我しなきゃ来なくて良いんですよね?」

何でルールを強制されなくてはならないのか、という所に触れないあたりが、『慣れ』という二文字を物語っている。のかもしれない。


「そんな杞憂はしていないさ。君は必ず怪我をする。3日に一回は必ず、ね」
「……その確固たる自信はいずこから――」


そこでなまえは、ハッとした。


「(ままままさか直々に危害を加える訳じゃ……!)」
「失礼なことを考えているようだけど、そうじゃない。」
「!」

……あれ?先生、読唇術と読心術使ってね?
その内エスパー的な感じで心読みだす魔法とか使い出しそうで怖いんですけど。

そんなことを思いながら、なまえは『じゃあどういうことなんですかー』と尋ねながら、針を通す。

「要は君は空前絶後のドジだと言うことさ。」
「(……言い過ぎじゃね!?)」

ババッと二度見したなまえを余所に、リドルはしれっとした顔で紅茶を飲んでいた。

「ド、ドジって言うけど?私そんなにドジじゃないですし。反射神経とかもうガンガンなんで」
「その擬態語の意味が解らないよ。それに……」


そう残して、リドルはカップに口を付けたまま、じっとなまえの指を見下ろした。半分伏せた状態にある目蓋と、クイと上げられた片眉。
なまえはその視線の先にある自分の指を見た。

そこには、針で刺し怪我をした、指。


「の、ノーカン!ノーカン!!」


バッとなまえは背中に手を隠した。その過程で手に持った針を横腹に刺してしまい「ぉうっふ……!」と声を漏らす。


「『ノーカン』、ねぇ……」


ワザと呆れたような視線でなまえを見下ろし……否、『見下し』た。


「写真に撮って壁に貼り付けてやろうか」
「陰湿っ先生陰湿ですね!」
「教育さ。それを毎日目にすることによって学ぶだろう」
「うわっ!うわー!」


教育のエキスパートも吃驚な斬新かつ前衛的な方法ですね、ちくしょう!

なまえは涙目になりながらひたすら「うーっわ、うわ、うわー」と何度か繰り返した。繰り返される鬼畜さの所為でもう語彙力が低下してきたらしい。

なまえは
『大体このボタン、先生が外したんですからねー。』と不服そうに口を窄めてはもう一度裁縫に戻る。(※前回思い切り首根っこを掴まれるシーンで弾け飛びました)
「ちぇー」と口にした後、いきなり「あ!」と声を上げた。


「先生、私もそれ欲しいです」


突然リドルの置いたティーカップを見ながらそう言ったなまえに、「唐突だなぁ……」とリドルが呆れた。


「そこのヤカンにお湯が沸いている」
「……」

ハイハイ自分で淹れますよ!

待てどもどうせリドルは動かない事など安易に予想できたので、なまえは「はいはい!」と強くわざとらしいため息交じりに言いながらコンロのヤカンへ向かう。

「……あ、ついでに先生のも淹れましょうか?」

そのくせあっさりとした口調で言いながら、いつもの様な表情で振り返るのだから良く解らない。リドルも同じことを思ったらしく、ワンテンポ遅れて「お願いするよ。味に期待はしないけど。」と返した。返したのはいいけど何でそう一言多いのですかね、リドルさん。

なまえは口笛を吹きながら(吹けてない)ティーポットへ茶葉を入れる。そしてヤカンヘ手を伸ばした。



―――素手で。




「あっちぃ……!」



なまえの手はもろ水蒸気を浴びた。反射的に思い切り手を引いて、ブンブンと振る。これは熱い。そして何度か振った所でピタリと動きを止め、ゆっくりと振り返った。


「……せんせ」
「見てたよ。」
「……」
「……」
「……、」
「ほら、やっぱりね」
「やっぱりって何ですか!?」


この様子では、最初に覚えた(一方的な)ルール『どんなに小さな怪我だとしても、保健室に来ること。』は、なまえにとって非常に有効そうだ。




***



次の日。

帰りのS.H.Rを終え、挨拶も終わった後、なまえは徐に席に座り徐に机に突っ伏した。その中途半端なスロー再生のような動きを、隣の席のシリウスは「え……?」といった視線で捕えていた。

なまえは突っ伏した状態で机に組んだ腕に顎を乗せると、月曜日の保健室での出来事をボンヤリ思い出していた。月曜日の出来事とは、冒頭に書いたような出来事の事だ。


「(怪我さえしなければ、行かなくて済む……)」

深刻な表情で、なまえは己の両手を見た。


そこには、


傷が。



「(ハッ、ハハー!!こんなのかすり傷だしィー!!?)」


なまえはブワッと冷や汗を流しながら、引き攣った表情で、勢いよく己の太ももに両手を擦りつけた(摩擦で発火するレベル)。無理に上げた口角の所為で、表情がより恐ろしいことになっている。

教科書を鞄に入れている最中のシリウスは、「!?」となまえを見た。


なまえは再び突っ伏した。打ち付けた額がゴッ、と鈍い音を出したため、シリウスがもう一度なまえを見た。


……もうあれだ。隠蔽してしまおうか。
大体、怪我したとしてもバレなきゃ無傷扱いだし。
あ、でもそれって駄目だよなぁ……(どうせ後に見透かされそう的な意味で。)


「なぁ、」


さっきからの奇行を十分すぎる程見せつけられたシリウスが、流石になまえに声を掛けた。肩を叩かれたため、「んぁー?」という発音は難しいけど恐ろしい程に倦怠感が溢れる声で、なまえが顔を上げる。その額には、たんこぶが。(なまえさんまーたそうやって怪我を増やす……)


「お前、何かおかしくなってね?」
「駄目だよシリウスー。そんなこと言っちゃー。」


黒板を消し終えたリーマスが、手を叩きながら自分の席(つまりなまえの目の前)へ歩いてきた。


「なまえはいっつもこんな感じじゃないか」
「は!?流石に―――」


否定しかけたシリウスだが、「あれ、いや、どうだろう……」と言葉を止めてしまった。なまえの平素の行いを思い起こす限り、そうでもない気がしたのだ。(いや否定しろよ!)
なまえはもやもやした表情で再び腕に顎を乗せる。

N「ヒャッハァ……」
R「わぁ、そんなため息法初めて聞いたよ」
S「ため息なのか!?これ」

あははと笑うリーマスを、シリウスは勢いよく見下ろした。なまえは転がる様な仕草で片方の腕へと頭を乗せる。

N「いやぁ、ね、ため息はため息でも明るい溜息を……と思ってさ」
S「謎の配慮だな」
J「ヒャッハ!」
R「聞いてた?なまえ。今のがお手本だよ」
S「(え、そうだったのか……?)」

突然現れたジェームズは、ガバッとリーマスと肩を組む。リーマスは別段驚く事も無く、いきなりの登場を受け入れる。慣れているらしい。


N「ヒャッ―――」
NJ「「ハァ……」」
R「うつった!」
S「何なんだこいつら」
NJ「ヒャッハァ!!」
R「戻った!」
S「……」

元気じゃねーか……

そしてお前ら楽しそうだな、とシリウスはため息を吐きながら3人を眺めていた。



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