白衣の帝王

□13日の金曜日
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次の日の放課後、なまえは言われた通り保健室へとやってきた。


なまえはさぞ大儀そうに、
目の前にある保健室の扉を見た。

両足を肩幅に開いて佇み、
下ろした両手は握り拳を握っている。

ギュッと結ばれた口に、
挑むような、目つき。

瞳には、大きな二枚開きの扉全体を映している。

うん、と頷いては―――






「(こうやって見ると、ドアノブの位置って結構低いよね。)」






そう、思った―――




※それだけのための演出でした。



***

なまえはいつもの様に「失礼しまーす」と言って扉を開けた。本当は「物申す!」と高らかに言っては「帰ります」と断言したかったのだが、その後のことを考えるととても出来そうになかった。えげつない事されそうで無理だった。

保健室に入ると、リドルがソファーに座って書類を封筒に入れている所だった。リドルはなまえだと確認したのち、デスクへと歩いて行ってその上に置いてある物を指さす。なまえも自然と、側へちょこちょこと寄って行った。

「本?」

そこには分厚い本が5冊あった。そのうちの2冊は図鑑の様に大きい。

「これ、返してくるように。」
「え、」
「全部。」
「ぜっ―――!」

なまえは改めて、その本を見た。どれも分厚い。とっても重そうだ。

「返すって、まさか―――」
「図書館に決まってるだろう?」
「図書館!?」

いや、普通に考えたら図書館なんですけど、そうじゃないんですよ。考えても見てくださいよ。図書館まではそれなりに距離があるし、その上すんごく重そうじゃないですか。

単刀直入に言うと―――
嫌だ。ものすごく嫌だ。

爽やかな笑顔で親指立てて「いやです(笑)」と言えたらどんなに幸せなことかッ……!

なまえは思い切り苦々しい顔をして「ぐぬぬぬ……」と唸った。
そこでなまえがハッとした。あることを思いつく。

「えー、で、でもー、本人以外は受け付けません!とかなりませんか?」

これだ!とでも言わんばかりの案ではあるが、視線を泳がせては瞬きをしながら言った。
相手がリドルなため必死なのか何なのか瞬きが多い。多すぎて気持ち悪いことになっている。
リドルはそんななまえを一蹴するようにフッと鼻で笑った。

「ならないよ。」

チッ!と舌打ちを(心の中で)打った後、あれ?となまえが首を傾げる。

「そうなんですか?」
「知らないのかい?この学校では返却期限を過ぎた時以外は個人名を追求しない。そういう仕組みにしたからね」
「え」
「ん?」
「え、したからねって、先生が?」
「当然」
「え」

※リドル氏曰く造作もなかったらしいです。

「まさか、断るなんてことしないよ、ね」
「んのっふ!!」

渋い表情をしているなまえの足を、リドルが踏んだ。
しかも少しの力でもより痛い様にと最大限の配慮をし……踵で。

「ちょ、せんせっ足!足ッ!!」
「知ってるよ」

知ってるって何だよッ!!

「せ、せめて今日は2冊だけとか―――だだだ!!わかったわかりましたっ!!」

ぐりぐりと踵を回し始めたリドルに、ついになまえは観念した。本当に容赦ないな。

「それから、ついでにこれも借りてくるように」

屈んで「オォォォォ……」と呻きながら足を押さえていたなまえに、リドルが紙切れを渡した。

「その方が、効率が良いだろう……?」

そう見下しながら言ったリドルの表情の素晴らしさと言ったら……


***


腕がちぎれるかと思った。



無事に返却し終えたときの第一の感想がそれだった。
ため息をつきながら肩をぐるぐると回した後、先生に渡された紙を見る。うわ、これ二階にある棚番号じゃん消えちまえ。……あ、でも今度は2冊だ。
よかったーと独り言を漏らしながら階段を駆け上がる。その過程で

「っとぉん!」

転んだことは内緒にしたい。運良く二階にはほとんど人がいないのが、せめてもの神のご加護さ。

っていうか何で私こんなに怪我が多いんだろう?このホグワーツに来てからというものの、怪我が多い。とは言えもうなれたんですけどね!どやっ!(※胸が切なくなるだけです。)
惰性で何事もなかったかのように立ち上がる。私はこう見えてもなかなか環境適応能力が優れているのだ!えっへん!(※頭を打ってしまったようです。)

「あ、あったあった」

よくわからない古くさい本を取り出す。
……あ、先生に渡すとき、中に絵本とか混ぜたらどんな反応するかな。

「……。」

……やるしかないなこれぇ!!

なまえは無邪気ではあるのにどこか残酷さがちらつく顔で目を輝かせた。時と場合によっては純粋無垢が一番の残忍なのよ!

なまえは「ふふん」と上機嫌に口角を上げながら、最後の本を手に取った。ずっしりと片腕にかかる重力に、思わず眉を寄せる。

「(に……二冊とも分厚すぎじゃね!?)」
「―――なまえ?」
「っとい!」

なまえは突然背後から話しかけられて、肩をビクつかせた。振り返れば、

「リ、リーマスか」

「TOY?欲しいの?」と首を傾げているリーマスの姿。
え?あぁ、無限の彼方へさぁいくぞ!な彼が欲しいです。顎にある渦巻きがチャーミング過ぎて。(Buzzですね、解ります。)

「あれ?それ、なまえが借りるの?」

キョトン、とした顔で尋ねるリーマス。思わず、ヒヤリとした。

「えっと、これは―――」
「わぁ、随分と難しい本借りるね?」

なまえがショートしたような表情になり、「ピーガガガ」とロボットのような音を出す。

なまえの脳内。

▼と゛うする?
 →先生の頼みだと話す
  話さない

▼「先生か゛?と゛うして?」
  自爆して人生終了
 →自爆して人生終了

結論:滅。

確かになまえの脳内で、そういう計算が瞬時に行われた。

「ちょ、丁度……重石になるなって……」

なまえは斜め下を見ながら、ポツリと呟いた。
リーマスが、一瞬止まった。

「え?」
「つ、漬け物を……」
「え」
「漬け物を!むさぼりたいんだ!!」

ババーン!と言う効果音。
開き直ったなまえは、ナポレオンの肖像画のように迷いのない目で高らかに言った。今の彼女には、不可能という文字はない。

「何て罰当たりな本の借り方してるの……」

リーマスは困惑しては諦めた様な表情でなまえを見た。

「そういうことなら、ちゃんとした石を拾いに行こうよ」
「ゑ」

ニコリと笑ったリーマスに、今度はなまえが一瞬固まる。
リーマスは顎に手を当てて、「うーん」と唸る。

「確か、森の方に沢山落ちてたような……」

この展開はマズい。これじゃ本を戻さなくてはいけないではないか!そんなの御免だ。私は先生に抹消されたくないし、何といっても石など欲しくない!!(ですね)

「そっそうじゃなくてもタンスの高さ合わせるときとかに使うから!」
「えっ?」
「さらばっ!!」
「え、ちょ―――」

「それもっと罰当たりだからーーー!」というリーマスの言葉から、なまえは脱兎の如く逃げ去った。


***

なまえは両手の本を抱え直しながら、保健室へと続く曲がり角を曲がった。

「!」

しかしすぐさま、バックステップで壁に隠れる。何故ならそこには―――

「まぁ!そうなんですか?リドル先生」
「まぁ、ね」
「「「すごーい!!」」」

黄色い声ではしゃぐ女子生徒の姿。先生の周りでハートを飛ばしながら嬉々とした表情で赤面してらっしゃる。

一難去ってまた一難とか
ぶっちゃけありえない。

「そんなことはないさ」
「えぇ!?すごいですよ!」
「うーん、少し照れるなぁ」
「「「キャーッ!!」」」

困ったように、しかも少しハニカみながら笑うリドル先生。
ぶっちゃけありえねぇ……!!

なまえはその恐ろしい豹変っぷりに、思わず見開いた目が充血した。

なまえは壁にもたれて、うーんと首をひねる。

あの状況下へ正面突破するのは無謀にも程がある気がする。……あ、そうだ。雨降ってないし外のベンチで時間潰してこよう。逆にこき使われる時間が減って丁度良い気がする。
……あれ?むしろ得しね?


なまえはまた「ふふん」と口角を上げて外へと向かった。


***

「お」

なまえは人の少ない方へ少ない方へと歩きながらベンチへと歩いていると、一人先客がいるのに気が付いた。

骨ばっていて、ひょろりと痩せている背中。やや猫背気味に背中を丸め、両脇を閉めていて、どこか閉鎖的でコンパクトな特徴ある姿勢。

……セブだ!

なまえは口角をニィと歪ませ
そろりそろりと近付いて行き……






「山ッ!!」






突然耳元で叫んだ。

予測不可能すぎる出来事に、当然セブルスは思い切り肩をビクつかせた。

セブルスは、振り返るよりも早く、声でなまえだと気づいた。というかここまで意味不明なのはなまえである以外に誰がいるのだろうかとさえ一瞬のうちに思う。


「な、なんだ急に……!」
「だめだよー、そこは『川!』で返さないと」
「は、はぁ?」

隣へと腰を下ろす意味不明ななまえを、セブルスは思わず目で追った。

「あいことばだよ」
「あ、あいことば……?」
「そう!『山』と言ったら『川』で返すんだ!これ、JAPANESE NINJAの常識だよ。山川さんが言ってた。」

常識も何も僕は忍者ではないそして山川さんとは誰なんだ……!
とセブルスは反射的に心の中で呟いた。正論だ。

「……何でこんなところに来たんだ」
「文字通り、暇つぶしー」

なまえが眉を下げて苦笑した。
目が合ったセブルスは、不意に頬が熱を帯びたことを感じ、少し目を泳がせる。


「セブは?」


その質問に、セブルスは俯いてしまった。そしてポツリと答える。

「……課題。」
「課題?ここで?」

今度は完全に、息を詰まらせてしまった。
何処へ行っても人がいるし自室とは言え一人部屋ではない。
つまり、何処へ行っても居場所がないのだ。

けれどもそんなことは、余りなまえに知られたくなかった。

セブルスが口を噤んでいると、不意になまえが口を開いた。

「セブは偉いねー」


その言葉に、首を傾げながらおずおずとなまえを見た。




「偉、い……?」
「うん。だって―――」








「数学の課題なんて、提出しないためにあるのよ」





ハン、と世の中のすべてを馬鹿にしきったような顔でなまえが言った。

声には出ていないが「えぇぇぇ」という感嘆詞と共にセブルスに衝撃と言う名の雷が落ちた。

「な、何を言っているんだ……?」
「でもまあ、結局最後はなんやかんやで提出するんだけどね」

と、当然だ……!

「つまりさ、数学なんて世の中から消えてしまえばいいと思わない?」
「え、いや……」

思―――わない。思わない。

セブルスは自分の膝に広げてあるノートを見た。ごちゃごちゃと数式が羅列している。


「お前は……なまえは、数学が嫌いなのか?」
「うん!」

何故か朗らか笑顔でなまえは大きく頷いた。―――良い笑顔だ。

「なんて言うかさ、もっと面白い事って、いっぱいあるじゃん?」
「ま、まぁ……」

それは、そうだ。

「だからさ、」

不意になまえが、セブルスを見た。
思わず、セブルスもなまえへと顔を上げる。

「一緒に、秘密基地とか作んない?」

にっこりと、なまえが笑う。

唐突過ぎる提案。脈絡がなさすぎるし、意味不明だ。

……だけど、


『一緒に』


少し、少しだけ、



嬉しい……とか思ったり。



それにしても、
熱くなる頬とか、馬鹿みたいに騒ぐ心臓が煩わしい。

……なまえの所為、なんだからな。……クソッ

セブルスは口を結んでは視線をそらし、俯いた。
そして同意するための言葉を、あれこれと考える。考えついていざ口にしようとすると、どういう訳か口を結んでしまう。
そしてやっと決心し、なまえへと目を向ける

「も、もち―――」


そこで、セブルスの動きが止まった。
何故なら隣にいるなまえは―――





「なんっか違うなー……あ、ヒゲがないのか。」




地面に落書きをしていたからだ。
その上膝にお腹がぴっとりとくっつく程屈んでいるので、当然ながら何も見ていない。


く……
くそう……くそうッ!!


とセブルスが悔しそうにペンを握り締めた。(泣いていいと思うよ)

そしてどんよりした視線で、なまえが描いているものを見た。


「―――!」


そして、硬直する。


「お……おい、」
「?」

様子がおかしいセブルスに、なまえが思わず顔を上げる。

「そ、その……それ……」
「これ?猫だよ」
「!」

セブルスが、ギュッとノートを握る手に力を込めた。なまえが首をかしげる。

「その……それと同じものを、ここに……描いてくれないか?」
「!?」

セブルスはなまえの描いた饅頭みたいな猫の絵を見たまま、頬を染めながらそう言った。ノートとペン(しかも油性)を差しだすセブルスに、なまえは当然衝撃を受けた。



 
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