白衣の帝王
□理不尽たる所以
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不意に、リドル先生がこちらを見た。
「君は今日から、僕の従順な下ぼk―――」
「あっ!あー!せんせっ私寮に戻らなきゃなんで!!」
BBB!!!キャンセルッ!!!
―――無駄だよ。無駄ですよ、先生!
今のよろしくない単語が聞き間違えだろうとそうじゃなかろうと私の脳は認識を拒絶するんですから!その上「パードゥン?」なんて滅びの言葉絶対口にしないんですからね!!
なまえは粘り強かった。
粘り強い上に便利な脳ミソを持っていた。
「さようなら!!」と歯切れよく叫んでは素早い動きで椅子から飛びのき、踵を中心にグルリと踵を返したが―――
「ぅぐッ!」
リドルはなまえが一歩踏み出すよりも素早く手を伸ばし、首根っこを掴んでは思い切り引き寄せた。
なまえの首にボタンがはじけ飛ぶんじゃないかってくらい食い込む。っていうかあー!ボタン取れましたって今!!
「どこへ行く」
そのままなまえを壁に押し付け、さらに逃げ道を作らないようにと壁に肘を付く。
……距離が近い。
なまえは「これでもか!」と言うくらいに背中を壁に押し付ける。背筋がヒヤリとしたのは、この冷たい壁の所為だけではないようだ。
「このまま帰す、とでも?」
「……ですよねー」
いくら先生の言葉を拒絶したって武力を行使されてはお手上げですよねー
「わ、わわわ私にまだ何か―――」
そっと、なまえの唇に人差し指を立てる。そのなめらかな動きに、なまえは無意識に口を噤(つぐ)む。
リドルは、薄い唇で弧を描いた。妙に色っぽく、妖しい表情。
なまえの瞳を捕えながら、目を細める。確かにそこに燈った鋭い眼光。
ス、とリドルが屈んでなまえの耳元へ唇を寄せる。吐息が耳にかかる。
「―――僕の下僕になれ。」
リドルが口角を歪めながら顔を離して行く。なまえの唇から人差し指が外されたとき、なまえは呪術からでも解けたかのように、ハッと動き出した。
「げ、げぼ――――!?」
なまえは目を見開いて、リドルを見上げた。
単刀直入にも程がある言葉。
……って言うか耳元で囁く必要ありました!?
「学校に携わる人間であろうとも、教師と言う立場では情報量に際限があるし、面倒な雑事も多い。丁度、生徒と言う立場の人間を欲していたところだ。」
知らんよ!!
「わ、私嫌ですよそんなの!確かに平凡な日常がつまらないとか学生ならではの贅沢な欲を持ったことは今世幾度かありましたけど今は唯々平凡で平和な日常を願うばかりで―――……」
美しい日々(※今現在があまりにも地獄絵図なので嫌でもそう見えます)を思い出すと同時に、なまえはなんだか泣きそうな顔になった。
「そ、そう!ですからこんなの理不尽だと思いますってか理不尽です!」
「君は理不尽って言葉が似合うね」
……もう何て返せばいいかわかりません!
「そうじゃなくてっ!何で人権もクソもないような強制労働強いられなきゃいけないんですか!!」
「君が僕の秘密を覗き見たからさ」
「―――?」
「いいか、僕は意図しない内に勝手に秘密を知られたんだ。それこそ理不尽じゃないか。そうだろう?」
なまえが一瞬、動きを止めた。
「……ついさっきあれは意図的な計算だって明かしてたじゃないですか!!」
なまえは気付いた。結構ギリギリで気付いた。
「ふぅん、流石に気付くんだ」
半ば独り言の様に蔑んだリドルを見て、なまえは「当たり前ですよ!」とか言いつつちょっと冷や汗流してた。
「でもまあ、どちらにせよ秘密を知っていることには変わらない。……そうだろう?」
「えっ、あ、まぁ……そう、ですよね?」
「そうさ。だから君は僕の下僕。」
「あぁ―――っていやいやいやいや!上手く言いくるめようったってダメですよ!やっぱり理不尽じゃないですか!!私が!第一そんな義理無いですし―――」
先生は無言で、ペンを持った手を振り上げたかと思うと―――
「―――っ!?」
私の顔の真横にペンを刺した。
物凄い音がするとともに―――あれ?壁が砕けてね……?
目がマジだったんですけど。
なまえは冷や汗を流しながら、おずおずとリドルを見上げた。
うわぁ!弱者を見る目だ……!!
「義理も何も、弱者は強者に従わなければ生きていけない。つまり、君は僕に従うのが自然の摂理と言うものだ。」
世の中なめ腐っていますね、先生!!
「そう、生きていけない。つまり断るならば僕は君の生命を脅かす存在になる―――ということさ。」
……。
粛清するってか!?
「ということさ」じゃないですよ!!
……もうやだ何処のジャイアンだよこれ。英国版ジャイアン刺激強すぎだよ。
ジャイアンである以上、頼もしく優しい一面もあるのかといえば決してそうではない。見なよこの「ゴミ虫め」とでも言いたげな目を。きっと人間を道具同等に扱い使えない奴と判断したら光の早さで捨てるんだ。
(……アカンなまえさんそれジャイアンやない。)
うぅ……となまえが俯いた。
どうしてこうなってああなってこうなったの……
タイムリープとかして全力で過去に戻りたい。
そしたらこんな目に遭わずに済んだのに……
大体、彫刻刀なんて握ったのがいけなかった。それだけでもうアウトなのにさらに楽しようとして小っちゃい無理がある作品つくったり……(※自覚はありました。)
これは、そんな私への罰なのだろうか?
「ああぁもう過去の自分にラリアットしたい……」
「自分自身にラリアットなんて、物理的に無理だね」
落ち込むなまえに容赦なく追い打ちをかけるリドル氏。
なまえはすっかり骨抜きにされ、ヘタヘタと地面に座り込んでしまった。
リドルは足元に情けなく腰を降ろしてしまったなまえを、残酷な視線で見下ろす。ただでさえリドルは背が高いため、座り込んでいるなまえとの目線の差は相当なものになっていた。
……ダメだこの人頭の中でシナリオ完成しちゃってるよ。(なまえは悟った。)
もうおしまいだ何を言っても無駄だろ常識的に考えて。常識持ち合わせるなんて無駄だけど。
「……でも……」
「往生際が悪いよ」
「うぅ……」
「毒を食らわば皿まで、と言うだろう?」
その意味は、『いったん悪に手を染めたからには、最後まで悪に徹しよう。』
「とは言え、僕は自分の行為を悪だとは思っていないけどね」とリドルが付け足した。
悪って何ですか悪に手を染めるのまえに私何か悪い事しましたっけ―――ああそうかファイルを見てしまったのか。(洗脳されているようです)
慈悲の心とか同情心とかっていうか良心そのものを持ち合わせていないリドルは、容赦なくなまえに言葉を続ける。
「と言うことで早速、明日から働いてもらうよ」
「……明日?」
「今日はもう、遅いからね。」
「君が帰ってこない不審がられては、僕が困る。」と少しもオブラートに包む様子無く呟きながら、リドルは置時計に視線を移した。なまえもつられて、目を向ける。
時計はもう午後八時半を過ぎていることを示していた。
時刻を見たなまえが、「あ」と声を漏らす。
「私、夕飯食べてません」
なまえは思い出したように、そう言った。何ごともなかったかのような、ケロッとした表情。
突然何を言い出すのかと、ほんの少しだけ、リドルが反応に遅れた。
「僕だって食べていない」
「え?そうなんですか?」
キョトンとした表情で、リドルを見上げる。
「……少しは頭を使え。君とずっと一緒に居ただろう?」
「あ、そっか。じゃあ――
一緒に食べに行きませんか?」
へにゃりと、笑うなまえ。
リドルが再び、目を丸くする。
「……は、」
「え?……あ」
リドルの表情を見て初めて、なまえは今の状況を思い出した。
慌てて、弁解するように口を開く。
「い、いや、なんていうか!それとこれとは……別問題、っていうか、その―――」
視線を泳がせては忙しなく両手を動かしているなまえ。(残像が凄すぎて阿修羅に見えるレベル)
リドルは目を丸くしたまま、瞳になまえを映していた。
やがて振り払う様にそっと瞳を伏せる。
「……図々しいよ、随分と。」
ポツリと呟かれた言葉。なまえは頬を掻きながら「ですよね」と困ったように笑った。
「……、分かったら、早く帰るんだ。極力人に見つかるな。そしてここへ来た理由は『手当てをしてもらった』だけだ。いいね?」
リドルはひょい、となまえをつまみあげながら言った。
少し、いつものペースが崩れている。
なまえは「えぇ、えぇ、それだけですねそれだけですよね他言無用ですね分かります」と肝に銘じながら扉に手を掛ける。そして、無論「失礼しました」の挨拶だけは忘れずに出て行った。
リドルはなまえが退室した後も、しばらく立ち尽くして扉を見ていた。
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