白衣の帝王
□レギュラス
1ページ/2ページ
俺の手をグイグイと引っ張っては走り続けるなまえ。
……ていうか結構足速いな。
スカートから覗かせた細い足を忙しなく動かし、地を蹴るたびに旗を翻すようにサラサラと髪が靡いている。
つないだ手は痛い程に握られていて、頼りない。斜め後ろの位置から垣間見える頬がとても青ざめて見える。
―――ただ事ではないのかもしれない。
直観で、そう思った。
ある程度走って、気が付けば図書館棟近くまで来ていた。
減速してついに立ち止まっては、二人してしばらく息を整えた。
「にしても、どうしたんだ……?」
なまえがほんの一瞬、息を詰まらせる。
―――シリウスに話す、か?
……否、それよりもまず、場所を移動したい。ここは目立つ。
かと言って、寮に戻るのは嫌だった。
だって
このまま寮に戻って、ばったり先生に合ったらどうしよう……!もしかしたら、寮まで呼びに来るかもしれない。それに、もし先生が私を探しているとしたら、まず向かうのは寮だろう。そんなところに居たら居ますよーなんて言っているようなもんだ。
……なんて、考え過ぎかな?いやでも、用心に越したことはない。
あーもう!
図書館へ行こう。一旦図書館へ行って、深い事はそれから考えよう。
勿論、一人で。
「おい、大丈夫か?」
「ふぇっ!」
ポンと肩を叩かれて、急に現状へと引き戻される。(ビビビビビックリしたー)
心配そうに眉を顰めながら、シリウスがなまえの顔を覗き込む。
「難しい顔、してるけど―――」
「あ、えっと、図書館、行こうかなって」
「……お前がぁ?」
「わ、私だって図書館くらい行くよ!?」
失礼だな君!私を何だと思ってるんだ!
……あんまり行かないけど!
「何で?」
「何で、って……」
あーとなまえが視線を泳がせる。
「物思いにでも耽ってみようかとー思いましてー……」
あながち、嘘ではない。
えへ、えへへと何とも取り繕った感丸出しの顔で笑う(というか頬を引き攣らせているだけ)なまえを、シリウスはますます訝しげな表情で見る。なまえが、タラリと冷や汗を流した。
「は?物思い?」
「そ、そうそう!」
「別に寮でもいいんじゃね?」
「うるさいうるさい!行くと言ったら行くんだ!」
なまえは半ばやけくそになってシリウスの背中を押す。
「ほら!美術とか!あのダンゴ虫の作品提出しても作り直しになる可能性あるから何か言い資料ないかなとかそんな感じ!だから一人で図書館へ行くんだ!!」
なまえはグイグイとシリウスの背中を押したまま、必死にでまかせを言った。
「―――なーんだ、そんなことか。心配して損した。」
はぁ、とため息を吐いたシリウス。
なまえがほっと胸を撫で下ろす。
「じゃ、私行ってくるね!」
「―――なまえ、」
駆けだしたなまえを、不意にシリウスが呼び止める。
なまえはどこか浮足立った様子で振り、もどかしそうな顔をした。早く行きたくて仕方がないらしい。
「……その、夕飯までには戻れよ」
「う、うん!じゃあね!」
なまえはそう残して、パタパタと図書館入口へ走って行った。
シリウスがそっと、その後ろ姿を見つめた。
―――どう見ても、なまえの様子はおかしかった。
本当に、何があったんだ……?
話さないということは、言いたくないようなことなのだろう。
無理して聞く真似はしたくないし、話したくないのなら、それでいいと思う。
―――思う、けど……
「あー、クソッ……」
胸がモヤモヤして気持ち悪い。
シリウスは八つ当たりの様に、転がっていた石を蹴り飛ばし、ガシガシと頭を掻いては寮の方へと踵を返した。
***
なまえは図書館の扉を遠慮がち開いては、グルリと中を見渡した。幸い、夕飯前と言うこともあって人はほとんど居ない。確認し終えると同時に部屋の隅まで素早く移動してはダイナミックに机の下に潜り込んだ。ダイ○ードの様な動きですね。そして頭を両手で押さえくるりと丸まって、コンパクトになった。
思い出すのは、
普段の笑みとは似ても似つかぬ冷たい微笑。
あの地獄の底から蘇った闇の帝王の様な
恐ろしいオーラ。
射抜くような視線と、
押しつぶすような威圧感。
ヒヤリと背筋が凍るほど―――
お、おっかねぇ……!
なまえは頭を抱えて冷や汗を流した。
不意によぎるのは、シリウスの姿。
……やっぱり、話してしまおうか。
すべてを話すことを選んだ方が、楽かもしれない。
でも
誰かに話してしまったのだとリドル先生に知られた際の復讐が怖い……!
シリウスを信用していない訳じゃなくて、私がなんかの拍子でポロッと言っちゃう可能性が在るし……!(※なまえにはその辺の自覚が多少ありました。)
―――それ以前に、
なまえは神妙な顔つきで両手を降ろし、その掌を見つめた。
―――そう、
シリウスを巻き込んでしまうことにならないだろうか……?
きっとあれは、あのファイルは、
知ってはならぬもの、
見てはならぬものだったのだ。
ならば、誰にも話さない方が良いのではないだろうか?……良いに決まっている。
もしリドル先生に知れてしまうと、シリウスだって標的にされてしまうからだ。
……そんなのって、真っ平御免だ。
ん?ちょっと待てよ。
そこまでして隠蔽したり口封じをしたがると仮定するならば、あれはリドル先生の最大の秘密、と言うことになる。つまり、こちら側がリドル先生の弱味を握っていることになり、有利なのは私というわけだ。
否、でもそうじゃなかった暁には後で消されるかもしんないし恐いし。っていうかあんな恐ろしい先生の弱味を握った所でその現状に恐怖するだけだよ……!
リドル先生に脅し?返り討ちにあって消されてはい終了。ってオチでしょ!
でも……
―――ああもう!
私深く考えるの嫌いなのにぃ……!
「―――あの」
「ぅゎっふ!!」
突然話しかけられて、なまえは思いっきりビクついた。ゴッと鈍い音を立てて脳天を机で打つ。
なまえは頭を押さえながら声の主を見た。
その人は私が今いる机とセットの長椅子に座っていて、机の下を覗き込んでいる。丁度目のあたりから机に隠れてしまっているため、表情は見えない。
ただ一つ言えるのは、リドル先生ではないことだ。制服を着ているから。
「吃驚したー……」
「いえ、足元でブツブツ考え事をされる方が吃驚ですよ。」
全然吃驚していないような淡々とした口調。抑揚が少なく、落ち着き払った声。
「……え?吃驚してんの?」
「吃驚してますよ。」
不思議なことを聞き返しますね、と言いながら、声の主はさらに身を屈めた。
そこで初めて、目が合った。
据わっていた目が、大きく見開かれる
「―――あなた、は、あの時の―――」
**
いつもの様にグリフィンドール生に絡まれていた。理不尽を押し付けられ、罵倒され、言いがかりをされ―――
本当に、あいつらは馬鹿だと思う。何をそう息を荒くして喚いたり怒ったり嘲笑したりするんだろう。獰猛で、勇敢と謳われている割にはやることなす事影があり、荒々しくて……
その底なしの自尊心を、へし折ってやりたくなる。
僕は、あいつらが嫌いだ。
―――グリフィンドール。
兄さんと、同じ―――
抵抗する気にはならなかった。真正面から何て関わりたくなかった。けれども
『シリウスの弟は―――』
その続きの言葉を聞いたとき、憤慨せずにはいられなかった。去りゆく足音を耳ながら、身の毛がよだつ。捨て台詞は、いつもそれだった。
いつだって、そうだ。「兄は、兄は、兄は―――……」
行き場のない気持ちは慣れるに慣れない。
苛立たしく、掻き乱すような―――
その時、だった。
「ぶっふ!!!」
物凄い音共に発せられた、何とも言えない奇声。
驚いてそちらを見ると、
「……。」
顔面から大の字に転んだ人物。……派手な、転び方だ。
その人はしばらく動かなかった後、ムクリと勢いよく起き上がった。
やせ我慢したような、顔。おでこにたんこぶが出来ている。
そして盛大にため息を吐き項垂れたかと思うと、ケロッとした顔で何事もなかったかのように立ち去った。額を押さえながら。
突然の出来事に呆気にとられ、ただただ目を丸くして立ち尽くしていた。
なんとも呆れるような、一部始終。何もかも、どうでも良くなるような……
―――だけど、
いつの間にか、嫌な気分もどこかへ行っていた。
だから、
大袈裟だけど
確かにあの時
僕はアホでどうしようもないようなあの子に
―――救われた。
……その子が今、
ここにいる。
**
「?どこかで、あったっけ?」
「―――いえ、通りすがりに見た程度ですから。」
「?」
長椅子に上半身をあずけ肘をついた姿勢で、不思議そうにこちらを見上げている。
「(―――あ、)」
パッチリとした目。
あの時は遠い上に一瞬だったのでよく見えなかったけど、
この人の瞳は、青かったんだ。
この人を見てると
なんだかからかいたくなってしまった。
「……因みに、」
「ん?」
「派手に転んでいる所でした」
「―――っ!!」
面白いくらいに赤くなる。
「もしかして、覚えていますか?」
「いや、心当たりがありすぎていつかはわかんないん、だけど」
「大丈夫なんですか、それ。」
「慣れた!」
「……大丈夫なんですか?」
どうしてこの人は今、誇らしげに言ったんだろう。
全く謎だ。
→