白衣の帝王

□本性
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なまえは物陰から物陰へと、敏捷な動きで移ってはキョロキョロと辺りを見渡す。その動きはさながらJAPANESE NINJAだ。アクロバティックに床にゴロリと転がっては再び物陰に隠れる。……いや、いくら警戒しながら移動しているとはいえ楽しそうですね。

なまえは保健室の扉を見上げると、もう一度左右を確認してため息を吐いた。

「(……まーた保健室かぁ……)」

もうすっかりおなじみの、両開きの木製扉。
いくら広い学校とは言え、なまえは最短時間で保健室へたどり着く自信がある。有り余っている。
うん、と一度頷いて、なまえはドアノブに手を掛けた。


「失礼しまー……す?」

遠慮がちに扉を開いてみると、中には人影も、人の気配もなかった。どうやら誰も居ないらしい。人工的な明かりはついておらず、窓から覗く月明かりのみが、部屋を照らしていた。窓の外を見て改めて、もう外は真っ暗なんだと気付く。

なまえはもう一度かすれるほどの小声で「失礼しますよー」と口をパクパクしながら呟いては、中腰でこっそりと入った。

……何故そうもコソコソしているのかというと、決して令嬢方に見つかりたくないからだ。もちろん、それが第一の大きい理由(であるべき)だか、何かノリでやっている感も否めない。なまえはこう……NINJAとかSAMURAIとかスパイとか、そういうのが好きっぽい。

そして突き当りの机から右側にある薬品棚目がけて歩き出す……が、

「……んー?」

どういう訳か、机(普段リドルが診察や書類を記すために使っている)の上に目的のものが置いてあった。なまえは特別訝しむ事もなく「おーラッキー」みたいな軽い感じでさっさと消毒した。
そして包帯を巻き終えた時

「―――うぇふっ!」

奥の棚からバサリと大きな音を立てて何かが落ちた。
本気でビビッたなまえは思い切り肩をビクつかせるとともに非常に情けない声を漏らす。

なまえは「落ちつけぇぇぇ……」と凄い形相で胸を撫で下ろし、音がした方へと視線を移す。そこには、床に落ちてしまったファイルがあった。



―――導かれるように、なまえはそこへ向かう。



そしてそれをもとの位置に戻そうと掴んだとき……

「いっ……あー!!」

予想以上に分厚かったファイルを、再び床に落としてしまった。おかげで中身が少し散らばってしまった。

くそう!何故怪我したほうの手で掴んだんだ!?
あぁ……!見れば包帯に血が滲んでるし……!!


―――なまえはアホだった。


くうぅ、と痛そうに顔を歪めては、なまえは指の付け根を強く握る。
うっすらと目を開けば、無造作に散らばった書類が目に入る。

素早くしゃがみ、書類をかき集めたが
―――ふと、なまえの手が止まった。


「何……これ……?」


細かな文字で埋め尽くされた書類。

そこには、生徒の個人情報や家族構成、細かな人間関係や性格がびっしりと細かな字で書かれていた。
―――執拗なまでに、細部まで。


その字に、見覚えがあった。



筆圧が若干弱めの

丁寧で、ほんの少し右斜めな文字。




―――うそ、これって、



この字って……



リドル先生の――――













「やあ」












ビクリと肩が震えた。

―――全く、気配なんて無かった。

月明かりに照らされ、薄暗い保健室にぼんやりと浮かび上がる、影。

背後に迫るその影が、私を覆い、包み込んでいる。


コツリ、コツリ、と足音が近くなる。


背中を、冷や汗が伝った。


……え?何この背後に感じる冷気を纏った圧迫感。


心臓の音がやけに大きく感じる。


「―――何してるの?」


囁くような、優しい響き。
柔らかく、耳をくすぐる甘い声。

けれどそれは、そう錯覚するように発声された声に過ぎない。

……少なくとも私は、そう感じた。


だって、ほら
その声を聴いただけで、全身が凍てつくように固くなり
指一つさえ動かしにくい。


私の脳内で、警報が鳴る。
心臓が嫌な音を立て騒ぐ。

―――死ぬかもしれない。

……ハハッ、いや、死ぬね。これ死ぬね!
もう威圧感だけで圧死しそうだよこれ


「えっ、あ、えっとーそのー……」


前を向いたまま、おずおずと立ち上がる。
あは、あははと取り繕うように笑みを浮かべた。ひきつる頬で懸命に笑顔をつくりながら言ったものの、声が震えている。そんな調子で大丈夫か?
大丈夫じゃない、問題だ。

ちなみに第一声は裏返った。


「急に落ちたから、整理整頓、っていう、か」


振り返って目があった瞬間思わず石化した。

……あれ?リドル先生の目ってこんなに怖かったっけ!?
いつもお金払わないと申し訳ないくらいの笑顔を振りまいてなかったっけ!?


月明かりが弱い逆光となっている。
サラリとした前髪から覗く、
怪しく光る眼が、私を捕えて離さない。


……ていうか何その眼力!人を一気に5人くらい射殺せちゃうって視線だけで!
もう嫌だ。怖い!怖すぎるよ!

何よりも、笑っていない癖に口元だけは絶えず笑みの様に弧を描いているあたりが一番怖い!


思わず視線を微妙にずらす。


「見たんだ?」
「はい、バッチリと」


―――もう一度言おう。なまえはアホだ。


なまえは自分の発した言葉の意味を理解したのち、真っ青になった。

何故だ。何故誤魔化す努力をしなかったんだ!!


「正直だね」


そう言ってリドル先生は私の顎を掴む。
無理やり視線を合わさせられる。
するりと細く伸びた指で顎を掴まれた上に、顔が近い。

ほんのわずかに微笑んで見せた口元が、妙に艶かしい。
長い睫に縁取られた目は、深い漆黒で
脅えきった表情をしている私を映している。

先生はス、と目を細めて
ほんの少し首を傾ける。

はらりと、細く艶やかな黒髪が揺れる。


―――えぇ、ファンでなくとも歓喜するでしょうね顔を赤らめ卒倒するでしょうね。


私だって普段ならかっこいいなーとか思ってたと思うよ。
普段なら。普段なら。



「正直者は、嫌いじゃない」


そう言って先生は、そっと私の唇を撫でた。


……褒められて嬉しくなかったのって初めてだ。
まさかそのまま唇に爪刺すとかそんなことしないですよね?
もうやだ怖いよ足ガクガクするよ。
急に目つぶしとかされたらどうしよう舌引っこ抜かれたらどうしようああそう言えば嘘つきって閻魔大王様に舌引っこ抜かれるんだっけあれでも私今嘘ついてないから大丈夫だでも目の前にいるのは閻魔大王様じゃなくてリドル先生だった!!
ああもうどうしよう……!

意識を手放せたらどれほど楽だろう、とそんな極限状態に陥った時


「おいなまえ?まだ終わんねーのか?」


廊下から呑気な声が響いた。

その途端なまえが生き返ったかのようにハッとした。


―――救世主(メシア)!!!
この声は、シリウスじゃないか!!


怯んだリドル先生の一瞬の隙をついて抜け出し、
廊下へ全力疾走する。

バン!と勢いよく扉を開けば、
うぉわっ!と驚いてのけぞった救世主の姿。

「び、吃驚させんなよお前遅―――」
「早く行こう!!帰ろうメシアよっ!!」
「はぁ!?ちょ―――」
「良いから早く走らんかこの隠れヘタレがぁっ!!!」
「俺何かした!?」

状況が呑み込めていない様子もお構いなしに、無理やり手を掴んで全力疾走した。

焦燥感からか地に足が着いた気がしない。まるで夢の中で走っているような、あのもどかしい感じがする。
そんな感覚を振り切るように、感覚を確かめるように、強く地面を蹴りながら走った。



ふふ……
ふはははは!私は意外と足と体力には自信があるのだよ!!

そのまま一度も振り返ることなく、外まで一気に駆け抜けた。






―――分岐点選択ミス。

その言葉から分かる通り
私はこの日、人生最大にして最悪の
おぞましいほどの選択ミスをした。
パラレルワールドの私は、きっと笑っている。
そして今現在この世界を生きる私は
きっとBADENDの道を辿るのだろう。

……不憫キャラはシリウスだけで充分じゃんかぁぁぁぁ!!!




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はい。
最終鬼畜リドル先生のお出ましです。

なまえちゃんによる最後の最後の一文が
すべてを物語っていますね(笑)

       

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