白衣の帝王

□覆される価値観
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「あ、君!丁度いいところに―――」

急に呼び止められて、渡り廊下を歩いていたなまえは足を止めた。「私ですか?」と声の方へと顔を向けると、そこには、資料やら大きい地図やらをベンチに置いて一休みしている先生が居た。社会専門の先生だ。

「ああ―――たしかなまえ君。君?グリフィンドール生だったよね?」

いやぁよかったよかった、と先生は冬にも関わらず汗をかきながら(言うなればふとましい)愛想のいい顔でニコニコとなまえに微笑んだ。なまえはとりあえず「お、おう私もよかったです」と良く解らない感想を漏らした。彼女は押しに弱いっぽい。

「いやね、ちょうどこの箱を運んでほしいなーなんて思っていてね」

若干早口気味の先生はこれこれ、と言って指を指す。不思議と憎めない先生だ。なまえもつられてそこを見るとそこには―――ノートと地図帳が入った箱。Oh何と言う重量感。

「そしたら君が現れた。いやあ助かるよ!君は助っ人女神だね」
「……え?せ―――」
「というわけでそれ資料室まで運んでおいてね!じゃ、僕はこれで―――」
「ちょ、せん―――」
「お願いねーーー」

しゃかしゃかしゃかーっとあっという間に先生は去って行った。意外と速いな、おい!
―――っじゃなくて、

「グリフィンドール関係なくないっすかーーーっ?」

なまえの叫びもむなしく、先生は土埃(?)を立てて消えてしまった。っていうかなまえさんそこを叫ぶのか!?

せんせーっ?なんて大きな声で呼んでみても、無論返事が聞こえることはない。

なまえは苦い顔をして、もう一度ベンチを見た。

「(圧倒的な重量感。)」

これじゃ吸引力の変わらないダイソンを持ってしても吸い取れまい。




あーもう!
なまえは半ばやけくそでその箱を抱え込んだ。

***

「ふぬぬぬぬ……ふはぁ!」

なまえは階段を上りきった所で、一旦ダンボールを地面に置いた。因みになまえ、乱雑に扱わないようにと自分の足を地面との間に挟め、そっと置いた。変な所に気を使う子らしい。

ふう、と息を整えたところでもう一度抱え直す。
ところがあるべきはずの重量感を感じない。見れば、別の人がなまえから箱を奪ったらしかった。

「しっかたねぇなあ。運んでやるよ」
「あ、」

そこには、もう最近すっかりおなじみの、見慣れたシリウスの姿。
なまえが苦労して持っていたというのに、何ともあっけなく軽々と持つ。

「華奢そうだし、重いだろ?」

シリウスはそう言って、背の低いなまえを見下ろしニヤリと笑った。
どこかキザっぽい言い方。けれども非の打ち所の無い容貌の彼が言うと、とても様になっていた。

ところがなまえは頬を赤らめるどころか微笑むことさえなく、ただただキョトンとした表情でシリウスを見ていた。

「んえ?別にいいよ。」

その言葉は強がりと言った様子ではなく、かといって嫌味など決して籠っていない。

シリウスはその意外な反応に、意表を突かれたように少しだけ目を丸くした。
頬を赤らめられる反応以外見たことが無かったからだ。

―――無論、なまえも同じ表情をすると高を括っていた。そもそも大抵の女なら、可愛い子ぶって上目づかいに見上げてくるからだ。


「お前なぁ……普通は『お願いしようかな?』って答えるもんだろ?」

「―――なんで?」


シリウスがふと、なまえを見た。
なまえもシリウスを見上げている。
上目使いではあるけれど、あの纏わりつくような、独特の重さを持っていない視線。
キョトンとした顔だった。

「なんで、って―――」

それは、と言いかけて、シリウスは言葉を切った。あまりに意外な反応に、言葉が出なかったのだ。
少し間が空いたけれども、言葉を続ける。

「可愛く、見せるため?」
「何でそんなことしなきゃいけないの?」

今度こそ、言葉をつづける事が出来なかった。
シリウスはなまえの言っている事を疑問に思うと同時に、『女は常に自分を可愛く見せようとする』という自分の考えにも疑念を抱いたからだ。体感して得た、持論。

しかしシリウスの持っているその考えは、決してちょっとやそっとの事で形成されたものではない。
何故ならこれは、彼がこれまで多くの女と付き合いそれなりに観察しては思ったものだからだ。

吐き気がする女の習性。媚を売って尻尾を振るあの、醜さ。浅ましさ―――

―――でも、
『何でそんな事しなきゃいけないの』―――?







「おーい、どうしたの?」


その言葉にハッとすれば、なまえはシリウスの前でヒラヒラと振っていた手を止めた。

そして「ヘンなの」と言ってまた段ボール箱を持ち上げた。


何だか釈然としなかったので、変なのはお前だろ、と言って段ボール箱を奪ってやった。

「いやいや、ヘンなのはシリウスでしょ。なんでそう持ちたがるの?マゾなの?」
「は!?何でそうなるんだよ!?」
「リーマスが言ってた」
「リーマス!?」

あいつめ……
何て恐ろしい嘘を吐いてんだ……!

「それ誤解だから。決して信じるなよ」
「わかってるよ。だって嘘だもん」
「はぁ!?」

ニヤリとなまえが笑った。
……何でこいつはおれに対してちょっとSなんだ。リーマスか?やっぱリーマスが何か吹き込んだのか!?



「―――でも、助かるよ」



くすぐる様に笑うその声に、思わずなまえを見た。

「―――ありがとう、シリウス」
「―――!」


へにゃりと、笑うその笑顔は
媚びたものでもなければ、
打算的で計算されつくしたものでもなく
惜しみなく歯を見せて笑うさまは、本当に嬉しそうで、あどけなくて―――


「……うっせぇよ」


シリウスはプイと顔をそらし、赤く染まりゆく頬を隠した。




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