白衣の帝王

□純白
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水面へと浮上するような、ふわふわとした感覚に、うっすらと目を開ける。
そうするや否やその感覚は、たちまち引っ込んで行く。

目を覚ます瞬間は、いつだって曖昧だ。







―――ここは……?

数回瞬きをして、またぼんやりと目を開く。
真っ白な枕、真っ白な区切り用のカーテン。
そして真っ白で清潔なシーツにほのかな薬品の匂い……

あぁ、保健室かぁ……

グググ、と身を丸めるように伸びをして、ボンヤリと目の前にある自分の手を見つめた。

起きないと。

……起きないと、だけど……

暖かいし、枕の高さも丁度良い。しかもフワフワだし肌触り良いし、

くるり、と丸まった。

……心地いいから、もう一眠りしようかなぁ?
……だめかな?

目を閉じれば、夢の続きが浮かび上がる。
目の前の座布団に鎮座する、巨大な肉まんに頬がにやける。

「んふふ、私のもの〜」
「君―――」
「んー……ふふふ」

肉まんが私の頬を撫でる。

……あれ?
肉まん、が……?


肉まん!?



シーツもろともとび起きて、その勢いのまま正座した。

「目は覚めた?」
「っはい!勿論です!!2度寝せずに目が覚めましたっ!!」
「?」

急な動きに驚いて、リドルは目を丸くしながら手を引っ込める。
なまえ自身でさえよく理解していない意味不明な言動に、リドルは首をかしげた。
やがて、ニコリと微笑む。

「それはよかった」

何て爽やかなんでしょうこの先生は。
何だか恥ずかしくなって、誤魔化すように笑いながら頬を掻いた。

「ところで、なんの夢を見ていたの?」
「へっ?」
「変な寝言を言ってたよ」
「なっ――!!」

炎でも浴びたかのように、一気に顔が熱くなった。

……やってしまった。やってしまいましたよ。
ちょ、最悪なんだけど!ぅわあぁぁ……何を、何を言ったんだ自分!!
先生も『変な』って言ってたから変なこと言ったに違いない。
何言ったかは思い出せないけど取り敢えず――

「わっ、忘れてください……」

カァァと赤くなる顔を両手で包み込み、弱々しく呟いた。語尾になるにつれ、言葉通り消え入りそうな声になっている。
先生はクスリ、と笑うと

「努力するよ」

と言って、優しくポンポン、と頭を撫でてくれた。
くすぐるような、やんわりとした、甘い声。
窓からの柔らかい陽光が、先生の髪を、頬を、白衣を照らす。
白い肌や白衣はふんわりと輝き、思わず目を細めた。
首を僅かに傾げて、柔らかい黒髪がサラリと目にかかる。


……ちょ、
言葉にできないんだけど。
OK,とりあえず天使だという事はわかった。容貌然り言動然り……

きっとこの先生は、数々のご令嬢方の恋心をかっさらってきたに違いない。否、
現在進行形でかっさらっているに違いない!


……ん?
ご令嬢、方……?


ズキリと頭痛がした。


「あれ?私、何で保健室に……?」
「僕が運んできたからね」
「運ん、で……?」
「保健室前に倒れてたんだよ」
「へぇー……?」
「何があったのか、覚えてない?」

そりゃ勿論―――

そう言いかけて、止めた。
……覚えていない。
歯痒い程に何も覚えていない。
いくら思い出そうとしても何にも浮かばず、ただズキズキと頭が痛むばかり。

「……覚えてません」
「誰がやったのか、も?」
「……覚えて、ないです」
「……」

リドル先生が黙ってしまった。どうしたんだろうと、チラリと見上げてみた。
先生は口元に手を当てて、斜め下辺りを見ていた。微かに曇った表情。

……たぶん、たぶんだけど……
何だか、冷たく背筋を撫でられる感じがした。
どうせ、気のせいだと思うけど……


「先生?」
「……あぁ、すまない」

パッと口元から手を放し、微笑んだ。
その笑顔に、ほっとした。
ほら、気のせい気のせい。

「脳は横からの衝撃に弱い。だから脳震盪を起こした際、そのショックで記憶がなくなったんだろうね」
「へぇー……え、」

……そ、そうなの?
大袈裟に、いや大袈裟に言わなくとも記憶喪失?ってこと?
私が?
慣れない言葉に若干戸惑って視線を落とした。
ああでも、どうせ少しの記憶しか失ってないし?
なんだか無い方が幸せな記憶の気もするし?


その時、不意に空気が揺れた。



「――失った記憶は、二度と戻らない。」



低く、重たい響きだった。
さっき感じた寒気は、もしかすると気のせいではなかったのかもしれない。
重苦しい衝動がやんわりと胸を握り締め、
視線が、シーツの上を泳ぐ。

「え、えっと、すみません……」
「君が謝ることはないさ」

優しく頭を撫で、にこりと先生が笑った。

「おいで、手当てをしよう。」
「手当?」
「君、また怪我してる」

先生は、困ったように笑った。


***

「君はよく怪我するね」

半ば呆れたように、先生が零した。
何を隠そう、私がここに来るのは数回目である。因みに転校して来てまだ1週間もたっておりません。えっへん。

「私、こう見えても運動神経良い方なんだけどなぁ」
「……そうなのかい?」

意外だという顔をした。なまえは口をすぼめながら手の甲の大きな絆創膏を見た。
嘘じゃないですよーと言ったなまえに、リドルは目を細めた。
ゆっくりと弧を描いた口角を手で隠す。なまえに見えないように。

――――こいつは、使えるかもしれない。

「先生?」
「何でもないよ」

ニコリと笑った。

「もしかしたら吐き気や頭痛がするかもしれないけど……どうする?」
「うーん、大丈夫です!私教室に戻ります。」
「わかった。出来るだけ安静にしといてね」
「はーい。ありがとうございました」

失礼しましたーと残し、扉が閉まってもなお、リドルは扉へと目を向けたままだった。


……そうか、あいつは運動ができるのか。


リドルはスッと立ち上がると、保健室の内鍵を閉めた。
カチャン、という無機質な音が、静寂を取り戻した部屋に響く。

リドルは素早く踵を返すと、部屋の奥にある棚へと真っ直ぐに足を進める。
そしてなれた手つきでファイルの背表紙を撫で、なまえの資料を探り当てる。

「…ふぅん……」

データを見る限り、確かに身体能力は低くない。寧ろ良い方だ。
しかし、どこの部活にも所属していないらしい。これは以前の学校でもそうらし
い。
ますます、使えそうだ。

……とはいえ、
なまえの記憶が無くなっていたことは惜しい。これでは誰が犯人なのかが分からない。

勿論、なまえのために犯人を探しているわけではない。情報はあるに越したことはないと、たったそれだけの理由だ。
まあしかし、犯人など概ね見当はつくが。

その前に、本当に奴は記憶を失っているのか?
単に面倒だったために、話をややこしくしないようにと口をつぐんだのではないか。
まあ、観察する限り、その可能性は五分以下だが。

あるいは―――

(ある意味)興味深いことに、この世には見ず知らずの人間を庇おうとする奴も居る。
なまえも、その内の一人かもしれない。

だとしたら、余計に使いやすい。こういった人間は、愚か故に手の内に入れておくと非常に便利だ。その分非常に厄介だが、手なずければ使いやすい。


……まぁ、良いだろう。

リドルはファイルを閉じて、ゆっくりと口角を歪めた。



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ホワイト全開リドルさん。※ただし前半に限る

リドルのイメージ
デレ→ツン
(白→黒)


    

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