白衣の帝王

□ご令嬢方
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「はいはい怪我怪我。」


……今のは私の台詞じゃない。
私の横に立っている人物の台詞だ。
黒髪の、長身君。
第一印象はわんこ。
黒い犬。ブラック。

因みに、私に怪我を負わせた張本人である。

はいこれテストに出ます。


「……何その言い方っ!」
「お前、しょっちゅう怪我してるだろ?――ちょっと有名になってんぞ」
「ぅえ!?マジで!?」

なにそれ初耳
恥ずかしっ。すんごい恥ずかしっ。

「昨日も机でさり気なく足打ってたし。」
「……何で知ってんの?」
「俺、お前のクラスメイトなんだけど?」
「ゑ?あー!…あー……そうなの?」
「……」

呆れ:諦め:憂い8:2:1 みたいな顔された。

「で、でも今のは私が自ら怪我したわけじゃないし?」
「お前のタイミングが悪い」

うわっ!
なにちょっと意地悪な顔でニヤってしてんだ畜生め。

「だって急に出てくるから―――」
「廊下は走るなって習わなかったのか?」
「いやお互いに走ってたよね!?」
「お互いに走ってたなら俺だけが悪いなんて言えないよな?」
「……あ。」

痛いとこ突くなよちくしょー!
なんかニヨニヨしてるし!!
むむむ……と睨んでいると、急に毒々しい笑みを消して、
吹き出したように笑った。(……ん?)

「冗談さ。立てるか?」
「へっ?あ……うん」

手を差し伸べられたので、ちょっとドギマギしながらも掴んだ。
あ、あれ?案外優しい、かも。

「保健室まで、一緒に行こうか?」
「ううん、一人で大丈夫、だけど……」

ぱちりと目が合う。

「――でも何で無傷なの?」
「それはお前がひょろっひょろだからさ。」

即行で手を振りほどきました。


***


「もっと縮小化していいんじゃない?この学校ー」

人気のない階段を下りながら思わず愚痴を溢す。
ホグワーツ学園は広い。立派な庭はさることながら礼拝堂なんてものもあるし。
湖があるって知った時は、流石にどういう事なのってなった。
校内も馬鹿でかい。

学校自体はきれいだし、まだ足を踏み入れていない場所とかもあるし、非常に興味深いんだけれども……今はそれが仇となっている。疲れるし!


……とかなんとか言いつつ、もう保健室まで大分距離が縮まっていたりする。
保健室の扉ももうそろそろ……


―――ん?

人だかりがある。短いスカート。女子生徒。
あれは―――


……あー、うん。
やっぱり今日は引き返そ――


「ちょっとあなたでしょ!?」


急に腕を掴まれた。そして遠慮なく引き寄せられる。
最悪だ。リドル先生ファンの令嬢方に捕まってしまった。

無遠慮に引っ張られたかと思うと、バン!と壁に押し付けられる。
石造りの壁はザラザラしているので、カーディガンが引っかかる。
あーあ、ダマダマ(※毛玉のこと)になっちゃう。
急用を思い出したってことにして、さっさと風と共に去りたい。

「あの、私急いでて―――」
「急いでるって言っても、目的地はそこでしょ?」

クイッと顎で保健室を指す。
しまった。よく考えたら目的地そこでした。

グッと壁に押し付けると同時に顔を近づけられ、凄い形相で睨みつけられる。
美人が台無しだあ、とかそんなのんきなこと言ってられない。
サッと見渡し、どこか抜け道はないかと探すが……
無駄なようだ。壁に押し付けられているため、身動きが取れないし、囲まれてしまって十分な隙間がない。
その上距離も近いのだ。

「逃げようとでも、考えているのかしら?」

……そして何よりこの人たちには隙がない。

「ま、まあ―――」
「逃がす訳、無いでしょう?」

冷たく正論を言い放つ目の前の人物に
『ですよねー』と内心で呟いて、タラリと冷や汗を流す。

「あなたが、最近保健室に入り浸っている子でしょ?」
「い、入り浸って!?そんなことな―――」
「あれやこれやと口実を作っては媚び売ってるらしいじゃない」

何を言っているんだろうと、心底眉をしかめたくなった。
しかしそんなことしたら多分ハチの巣にされてしまう。て言うか現に今、視線で刺されまくっている。


表情を窺う限り、嫌味を言っているようではなかった(とはいえ言い方は非常にねちっこいけれど。)。

この人たちは、本気でそう思っているから自信たっぷりに、そして責めるように私にそう口にするのだ。

彼女にとっては、それは真実なのだ。


しかし、私にとっては虚言妄言も良い所だ。
どうしようか、と黙っている私を舐めるように睨み上げ、ハン、と鼻で笑った。

「あなたが?リドル先生に?……ブスのくせに。」

ねぇ?とリーダー格であろう女が取り巻きを見渡せば、一斉に皆で哄笑する。

男子だったら蹴り上げてやっていたけれど、まあ女の子に手を出すのはなぁ……
はて、困った。本当にどうしようか。いつになったら解放してくれるのだろうか。
きっと誤解をうまく訂正できればいいのだらけれど……

ちらり、と見渡す。
惜しみなく歯を見せ、大きな口を開けて高笑いをする彼女たち。
口角を歪め、短く息を吸いながら、けれども眼だけは笑っていない。
常々仲間同士で目配せしては、私の瞳を射抜くようにチラリと見る。

ああ、だめだ。
この人たちにはきっと、
最早言葉も通じない―――


「何押し黙ってんの、よっ!」
「―――っ!」

突然前髪を捕まれたかと思うと、壁に打ち付けられた。
ゴッと鈍い音がすると同時に、チラチラと火花が散った。
……うそ、でしょ?

フラリとよろけ、倒れそうになったが首元を捕まれ、無理矢理立たされる。


サラリと揺れた前髪から、なまえが女を見上げた。
女は顔をしかめ、なまえを見下ろした。

このなまえとか言う女―――
何を考えているのか、全く読めない。

……気に入らない。全くもって気に入らない。

「何余裕ぶってんの?」
「耐える私、かわいそう!みたいな?」
「あっはっは!悲劇のヒロインぶっちゃってんの?」
「ホント、ばっかじゃないの!」

バッと手を振り上げた時、不意になまえが口を開いた。
許しを請うのかしら?とニヤニヤ皆で見下す。
はらりと、顔を上げたなまえの前髪が揺れる。


「こんなところ見られたら、どうするんですか?」


パチリと瞬きをして、まっすぐに見つめる目。
嫌味な程に純粋で、透き通った大きな瞳。
思わずピタリと、手が止まる。

大きな瞳に吸い込まれるように、
その双眼に、自分の姿が映っている。

眉間に皺を寄せ、歯を覗かせ、目を見開いて見下ろしている。
歪んだ、その表情。だらしなくほつれた髪が、はらりと顔に掛かる。


―――見たくない。


振り払うように、手の甲でバチンと頬を叩いた。
目の前の少女はプツンと糸が切れた人形の様に
勢いよく横を向く。サラリと髪がなびく。

この私を動揺させようと?図々しい!

バッと勢い良く取り巻きの内の2人に目配せをし、見張るようにと合図をする。固くうなずいた2人は言われるがままに少し離れ、後ろに広がる広く吹き抜けた廊下へと体を向ける。
思わず、ふふふと笑いがこぼれた。取り巻きも同様、クスクスと笑う。

「脅しているつもりなのかしら?でも残念だったわね。これで誰にも見られない。」
「でも、私が見ている。」
「―――っ……!このっ!」

首を傾げてポツリと呟いたなまえの、腹を殴った。
くぐもった声をなまえが漏らす。構うものか。

「だから何?惨めな私を見てってやつ!?」
「気持ち悪いんだけど!」
「私が見てる?だから何よっ!!」

思い切り地面に叩きつけては、皆で蹴った。
目を合わせないように、目を見ないように。

倒れこむ音に見張りの二人が振り返ったが、知ったことではない。
再び胸ぐらを掴み、持ち上げた時――――


―――カツン


踵の、音がした。
ハッと顔を上げ、勢いよく振り返る。
見張りの2人は張りつめた表情で首を振った。
そっちには誰も居ない。だとすると

鋭く耳を澄ます。

カツン、カツンと降りる音。
―――階段だ。

しまった。そっちは警戒していなかったか。
しかし、まだ間に合う。階段には誰の姿もない。

なまえを地面に叩きつけた女は、皆と共に一目散に去って行った。
なまえは再び鈍い音を立て、壁に頭を打ち付けられた。


「―――おや」


静かに響いたその声を最後に
なまえは意識を手放した。


 

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