白衣の帝王
□軋む歯車
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「最後に来たの、いつだっけ?」
「昨日の今日ですうへへすみません」
そう言った時のリドル先生の呆れ顔と言ったら―――
***
「はい、終わったよ」
「ありがとうございます」
リドル先生はまた例のごとくテキパキと手際よく薬を直すと、机に着き本を読みだした。
何を読んでいるのかと首を伸ばしてみたが、難しそうだし意味不明だったのでやめた。
戻ろうかとも思っけど、まだ昼休み終了まで時間があるので(部屋あったかいし)もうしばらくここに居ることにしよう。
椅子ごと回ってグルリと辺りを見回す。
薬品棚や難しい本が並んだ本棚。流し台や冷蔵庫もあるし、応接室にあるようなソファーやテーブルもある。なにこれ住めるじゃん快適じゃん。
因みに保健室は3つの部屋に分かれている。
一つは今、私たちがいる診療室で、二つ目はベッドがずらりと並んでいる休養室。そして最後の一つは、たぶんリドル先生の部屋だ。
グルリと一周したところで、ふと思ったことを質問した。
「一日に、何人くらい来るんですか?生徒」
「それは、けが人の数を聞いているのかい?」
短くため息をつきながら、リドル先生が言った。
……ということは、怪我した以外の人も来るのか。
「要は沢山ってことですよね。大変ですねー」
「その中の一人は君だけどね」
う、と短い声を漏らすと、ページを捲りながらフと笑われた。
……あ、今の映画のワンシーンみたい。
「迷惑じゃないんですか?」
ドストレートにも程がある質問だと、自分でも思った。
リドル先生はまた苦笑する。
……よく笑う、先生だ。
「迷惑なら、要が無い人間は立ち入り禁止だー!って、言っちゃえばいいじゃないですか」
「君は素直な人間だね」
また、笑う。
「でも、人の好意を踏みにじるようなことは出来ないよ。人に好かれるという事は、とても嬉しいことだからね。」
目が合った。
非の打ちどころがない程整った顔立ちは、
薄い唇がゆっくりと弧を描き、美しいほほえみとなる。
うん。
この笑顔があれば世界平和も夢じゃないと思うんだ。
だけど、どうしてだろう……
先生の笑顔を見る度に、根拠のない違和感を、ほんの少しだけ感じる。
完璧なのに、色がない
……なんて。
ま、気のせいだろうけど。
でも―――
笑顔に少しだけ、引っかかる。
「――――何故、そう思った―――?」
「―――え?」
顔を上げると、驚いた顔でリドル先生がこちらを向いていた。
焦って思わず下を向く。
……ヤバい。どこから口に出ていた!?
世界平和か?世界平和の下りか!?
だとしたらすんごく恥ずかしいんですけど!!
「笑顔に引っかかる、なんて。」
「い、いやあその……実にすみません。」
例えばどうだろう、笑った時に
「不自然な笑顔だよね!」なんて言われたら。
……最低だ!失礼すぎる!!
「―――そんな事言われたの、初めてだ」
低く呟いた声に、ゾクリとした。
……あれ?今なんかめっちゃ怖かったんですけど……?
もしかして、先生―――――
超怒ってる!?
「別に、怒ってはないよ」
「え!?あ、」
また口に出てたのか。
「本当に、怒ってませんか……?」
ティキン(チキン)な私は面と向かって目を合わせる事が出来ず、ビビりながら様子を窺うようにチラリと見上げる。
「(お、鬼の形相とかったら―――)」
にこり、先生が微笑んだ。
「よ、よかったー!私てっきり、怒らせたのかと……」
「怒りはしないさ」
ホッと胸を撫で下ろす。
笑顔に違和感?何言ってんの?
超天使じゃん。
「やっぱり勘違いでした。じゃ、そろそろ戻ります!」
昼休み終わっちゃったら嫌だし、そろそろ戻ることにした。
失礼しましたー、と挨拶をし、早々に教室へ戻った。
笑顔への違和感。
どうせ勘違いなんだろうなー
――――たぶんね。
なまえが去ってゆく音がする。
「怒り“は”しないさ。」
誰も居なくなった保健室で、リドルがそっと呟いた。