ハリポタ
□眩暈
1ページ/1ページ
白。
そんな印象を受ける、草原。あるいは部屋。
そう極端に描写の幅が広いのは、その空間が何であるかは誰の意識上にも浮かばず、ただぼんやりと“場所”として存在しているからだ。
不意に、なまえは振り返る。
そこには学生の風姿をした黒髪の青年が立っている。
「随分と懐かしい格好をしているね、リドル。」
リドルと呼ばれた青年は、戸惑いの表情で己の両手を見ていた。しかしその声に顔を上げてなまえの姿を確認した途端、その困惑の色が消えた。
―――己は死んだのだと、理解したのだ。
「フン。貴様は少しも変わっていないな。」
「……うーん、中身の方ももうちょっと懐かしい感じになってもいいんだけどなぁ」
なまえは頬を掻きながら苦笑した。苦笑した、というよりはわざとそう演技をしているようにも見える。つまり、戯けているような。
「相変わらず人を馬鹿にするような仕草だな」
「世の中のすべてを蔑んでいた君には言われたくないよ。」
そう言って笑ったなまえにリドルは少しの間、固まった。そのような言葉を耳にしたのはうんと久しぶりだったのだ。じわりと胸に、何かが広がった。
「しっかしなぁ。ついにリドルも死んだんだ。」
あんだけホークラックスがとか死の秘宝がとか駆け回っていた癖に、案外あっけないものだと思う。否、あっけなくはないけれど、結果的に無駄な抵抗となったわけだ。
「ねぇ、リドル。君には―――」
「生前の君には、もう少し愛というものを知って欲しかったよ。」
君は愛なんてしらない、なんていうけれど……
君が母の生と引き替えに生まれたとき、この上ないほどの愛情を受けていたんだ。
それだけは、確かだった。
「下らないことを」
「ですよねー」
穏やかに、笑った。
「本来ならここで私が“私の愛に気づいて欲しかった”と慈愛の表情を浮かべると相場が決まっている筈なんだけどね」
「実際は、どうなんだい?」
あ、と思った。
リドルがどんどん、学生時代に戻っていく。
「……言うと思うぅ?」
「否、全く」
「うん!正解!」
二人は笑った。刻を忘れた。
遠くにホグワーツの青い屋根が浮かんでいる。それには白い靄がかかっており、本当に屋根と壁の一部しか見えていない。それでもなまえはその青屋根へ目を向け遥か遠い日常を偲ぶ。
「……久しぶりだね、本当に。」
「うん、まぁね。」
止まっているはずの空間に、風が吹いた。
二人の知らないどこかで刻が動く音がする。
「リドルはあんなに、死を嫌っていたのにね。」
でも、
死んじゃったのかぁ―――
なまえの表情が陰る。
その横顔を、リドルは見ていた。
僕は死んだ。
そしてその事を知ったこいつは―――
なまえは、こんな顔をするのか。
そんなことを思いながら。
鐘の音が遠くで響いた。
目を閉じる。
最後まで聴き終えた時
その余響を脳裏に響かせながら
そっとなまえの名を呼んだ。
「なまえ、僕は―――」
目を、開く。
なまえの横顔、その瞳を見詰める。
「最後に君に会えたのなら死も悪くない。」
目を丸くしてなまえは振り返る。
そこにはもう、誰もいなかった。