ムゲン
□拾われたマフラー
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「「あ、」」
と同時に声を発したのは、夜の廊下で鉢合わせした私とリドル君だった。
それもばったり――出歩くには珍しい時間帯に、数多く存在する筈の通路で、角を曲がった直ぐ、真正面から。
まるで誰が見定めていたかのようなタイミング。何の因果か偶然か、腰が抜けるような確率の中。
流石のリドル君も少しの間、やや目を丸くしていたが、やがて私を見下ろしたまま、小さく首を傾けた。そして形の良い唇を開く。
「やあ、偶然だね。」
「うん、本当にね……」
と心底思う。
故に、ちょっと凝視してしまった。
「こんな所で、何をしているんだい……?」
リドル君は訝しむ様に私を見下ろした。
―――それもその筈
「ちょっと用があって」
「スリザリン寮へ続く、この階段、で?」
そう、そんな場所をグリフィンドール生がうろつくなんて、網の目に風が止まるようなものだからだ。……なんて過言かもしれないが、あながち間違いでも無いとも思う。
故にリドル君は、まるで説明でもするかのような口調で、一字一句を少し強調しながら言った。
しかし事実は事実。私はコクリと首を縦に振った。するとリドル君は、理由を問おうと口を開いた。
が、それとほぼ同時にリドル君の視線が私の両手で止まった。
「それ、」
「え?あぁ。」
指摘されて、私は手に持っているソレを両手で前に差し出す。
……それにしても、暗くて余り見えていない筈なのに、やけに鋭いなリドル君。
「これ、寮に戻る途中で拾ったんだ。」
「スリザリンのマフラーを?」
「うん。」
私の両手の中で、大人しく横たわっているマフラー。
シンボルカラーの緑と銀色は、闇に溶けてもなおその色を主張している。
「だから一応、届けたほうがいいかなって……」
スリザリンのマフラー。
ゆっくりと――またはだらだらと――夕食を終え寮へと戻る道中、私はこれを見付けたのだ。私は特に何も考えず、惰性のようにそれを拾い、スリザリン寮へと足を運んだ。
そして途中で、気が付いた。
グリフィンドール生がスリザリン生の巣窟へ一人のこのこと足を運ぶってどうなの、と。いや、巣窟なんて語弊があるけれど。
それにしても、私自身はあまり意識していないけれど、この学校はスリザリン生とグリフィンドール生の敵対心が半端ない。それも一時の物ではなく、そこには長い長い歴史まで存在するので、もう、私にはどうすることも出来ない。
つまり私は、四面楚歌だった。
なんて言うと大袈裟なようだけれど、一部にとっては別に大袈裟ではないので私は無表情になってしまう。
「君は、ちょっと考えがどうかしているのかい?」
「四面楚歌?」
「うんホントにそうだよ」
呆れた様な、急いだ様な口調で指摘された。
「でもまあ、良かったよ。」
フ、と緩むような気配を感じて、私は顔を上げた。
すると、どういう訳かリドル君は腰を折り、ズイと私に顔を寄せた。とても距離が近いまま、私の両手とマフラーを包む。そして、
「―――ありがとう。このマフラーは僕の物だ。」
と、微笑んだ。
「え?」
「ん?」
リドル君は笑顔のまま、首を傾げる。
……え。
「え、え?これ、リドル君のなの?」
「うん」
と頷くリドル君に、私は戸惑った。戸惑っていると、リドル君は状態を起こし、私を見下ろす。―――因みにマフラーは、ちゃっかりリドル君の腕の中だ。
「何か、疑う要素でも?」
クイ、とリドル君が首を傾げた。何かの人形劇の様だと思った。
「いや……ほ、ほら、偶然に偶然が重なったから、珍しい事もあるものだなあって」
「疑うのかい?」
やたら“疑うか否か”と白黒つけたがるようなストレートな質問。私はしどろもどろなまま、ブンブンと首を横に振った。慌てて両手も振る。
「いえ、リドル君が“僕のだ”と言ってるんだから、きっとそうなんだって思うよ」
私は少し慌てた口調になってしまった。
別に弁解しているつもりは無く、無論本心だったけれど。
「ふうん」
そう、とリドル君は笑った。
その微笑みの、美しいこと。
目の細め方、眉の緩め方、形の良い唇の弧。
どれを見ても完璧としか言いようがない、美しい笑みだった。
廊下の松明がリドル君の微笑みを照らし、白い肌がゆらゆらと妖艶に陰る。
私は少し、息を呑んだ。
やはりリドル君はおっかない。
評判通りの、稀に見る美人さんだ。
「でも、良かったよ」
ほう、と息を吐きながら私は言う。
「う、ん?何が?」
予想外の反応だったのか、リドル君は少し、意外そうに瞬きをした。
その表情はまるで、突拍子もないような、思いがけない別の話題を聞いたときの表情に似ている。
いや、私別に不自然な事など言っていない、よね。うん、と頷いて続けた。
「この持ち主が、リドル君で」
「……あぁ。まあ、ね。」
「リドル君じゃなかったら、寮まで行くところだった」
「寮に行ったところで君は入れないだろう?」
「……あ゙」
「……」
「……」
痛い所を突かれた。
リドル君の視線を感じる。
私は金魚の動きでも追うかのように、地面に視線を泳がせる。
「でも誰か来るだろうし―――」
「稀だろうね。仮に来たとしても、果たして、グリフィンドール生である君の言葉に聞く耳を持つかな」
その言葉に黙した私へ、リドル君は「君は……実に馬鹿だね」と呆れ口調で言った。
私は「うーん」と考えさせられる。“この学校は色々と大変で遠回りしなくてはならない事も多いなあ”と。現に、マフラー一つ届ける事さえ憚られていた。
“寮”という団結力は、時に弊害にも成りえるんだな、とか爺臭い事を思った。否、弊害とか言ったら駄目だけど。
ああ、そんな事より
「―――でも、」
私は顔を上げた。
呆れ顔でこちらを見下ろしていたリドル君は、その続きの言葉へ耳を傾けるかのように、表情を変える。
「リドル君もよかったね。マフラーが戻ってきて」
私は胸から何かが込み上げてきて、ふと、笑っていた。
リドル君は、ゆっくりと目を丸くした。その変化は一般的に言えば微かなものではあったけれど、私にとっては十分、大きな変化に思えた。それくらい、リドル君は割と表情に乏しい気がして。
「うん、本当によかったよ」
リドル君はふと、微笑んだ。
丁度松明が大きく揺れたため、その表情は良く見えなかった。
故に断言は出来ないけれど、その笑顔はぎこちないと言うよりは―――
ほんの微かに、固く感じられたのは気のせいだろうか。
リドル君はマフラーを自分の首に掛けると、私の両肩を掴んで強制的に半回転させる。そして
「もう寝るんだ」
トン―――と、私の背中を押した。
囁く様な、けれどもどこか低く、重い声。
振り返っても……
不思議と、もうそこには居ない気がした。
―――そう言えば、
リドル君はこんな時間に何をしていたのだろう。
→
あとがき