ムゲン

□言葉足らずな君
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『ムゲン・アトリエイリス』の素晴らしい文字を頂いた、あの後の話。


私達は図書室を出ると、空いた胃に夕飯を収めるべくそれぞれのテーブルに別れた。
私はグリフィンドールのテーブルへ行き、取り敢えずチキンを一口かじる。かじって、咀嚼する。咀嚼して、飲込む。飲込んで――気付いた。


そもそも、リドル君が手紙を渡してくるなんてありえなくはないだろうか。


図書館では、あまりの文字の美しさに心を奪われたが故に気付かなかったが、良く考えるとあり得ない事の様に思う。まずイメージからかけ離れている。

リドル君は、疲れていたのだろうか。疲れ故にネジが緩み判断力を失い、挙げ句の果てに魂が誰かと入れ替わっては覚醒し、ゆっくりとペンを手に取った――そんなSF展開。は、無いとして、単に集中力でも切れたのだろうか。……あのリドル君が?

取り敢えず理由はどうであれ、正常な判断が出来ない状態にあったのではないだろうか。あの、リドル君が……?否、しかし、そうでないと手紙なんて……


そこで私は、ハッとした。


私はリドル君を、超人か何かと勘違いしているのではないだろうか。
彼だって人間だ。人間である以上は、集中力が切れる事もあれば、疲れることだってある。メモを渡すくらい誰だってするし、何ら不自然な事ではない。

私はなんとなく、少し沈んだ。
独断と偏見とはこのことなのかな、と。
そして、反省した。


「何か元気ないね?」


話しかけられて、隣を見る。何か考え事?と言いながら、彼女は私の前でブンブンと手を振った。


「考え事、っていうか―――ああ、そうだ」
「うん?」
「リド――男子が手紙を回すって別に、珍しくないよね?」
「やだ女々しい。無いわー」


即答だった。
その冗談に笑うような物言いに、私の中で何かが、穴あきチーズ状態なジェンガの如く揺らいだ。



***


“一生の宝物”を眺めていた私は、不意に、先に記した昨夜の出来事を思い出す。
因みに時間軸はというと、君に「馬鹿じゃないの」と言われた後だ。つまりメモを貰った翌日だ。


「そういえば」


と、私は顔を上げる。


「何だい?」
「いや――独断と偏見を持ってたなって」


一応「ごめんなさい」と謝ると、リドル君は「ん?」と眉を寄せたような低い声を出した。


「私はリドル君を、超人か何かだと思ってたよ」
「は……?」


リドル君はこちらへ軽く振り返った。「ああ、ついでに」と私は口を開く。


「どうでもいいんだけどさ、」


リドルはさっさと次の話題に移ってしまうムゲンに、ややついていけなかったのか、戸惑った様に一瞬眉を寄せた。いきなり“超人か何かだと思っていた”なんて言われてしまったのだから、そうなってしまっても致し方ない。しかしムゲンはそんなリドルに気付かず続ける。


「どうでもいいけど、何で昨日――いきなりメモを?」


ムゲンは問う事に戸惑いを感じていたようだった。
しかしそれとは裏腹に、リドルはあっさりと答える。


「ああ。それは君が死にそうな顔をしていたからさ」
「えっ?」


身に覚えのない私は、意表を突かれたように呆けた顔になる。


「え。そう……だった?」
「うん」



と、いうことは―――

もし、かして。

もしかするとリドル君は、
その、私の為に―――



「隣であまりに死にそうな顔をされ続けると、見苦しい物があるだろう?」



と。


あっ……



私は途端に、冷静になった。
全身の緊張が解けた様に、ふわっと力を抜いた私。なんか不審な点でもあったのか、リドル君が振り返る。


「どうかしたのかい?」


と顔を覗くリドル君。そんなリドル君の表情を見て、私は“この人に悪気はないんだろうな”と思った。
悪気が無いのなら、仕方がない。責めたりへそを曲げる気にはならなくて、私は「いや……」と首を左右に振る。


「そんな顔していたなんて、自覚がなかったから。」


リドル君は軽く口を尖らせて、片眉を上げた。なんだか「ふぅん?」とでも聞こえてきそうな表情。しかし私は微妙にすり替えたとはいえ、それは本心だった。

こちらを見ていないのに、というか身長差的に表情は見えない筈なのに“死にそうな顔”と気付くという事は、私はもはやゾンビとなっていたのだろう。


あ、


と不意に気が付いた。
そんなゾンビ化した私だけど、あのメモを頂いた後見事に息を吹き返し、この世に甦るどころか、気持ち小躍りするほどまでになっていたのだ、と。


それは、無論―――


「リドル君のお陰だ。」


ポツリと、呟いた。宙を見て独り言を呟いた私へ、リドル君が「ん?」とこちらを見下ろす。私は顔を上げて、今度は体ごと、リドル君を見た。


「理由や動機はどうであれ、リドル君のお陰だよ。」


何を言っているのか判断しかねているのであろうリドル君を見ると、何だろう、ひくひくと、お腹のあたりが痙攣した。そして耐え難い感覚にたまらなくなって、私は笑ってしまった。一人で笑う私に、リドル君は、不服そうな、腑に落ちないような顔で、眉を寄せる。


「君はさっきから、まるで意味が解らないよ。」
「―――ふ、ごめん」


怒らせると怖いので、私は一度大きく息を吸ってお腹を抱えると、グイと、笑いを仕舞い込んだ。命は大切なんだもの。


「つまり、何が言いたいんだい?」


その言葉に、パッと顔を上げる。
私は真っ直ぐにリドル君を見つめた。




「“ありがとう”に加え“ありがとうございます”」
「―――は?」





仕舞い込んだはずの笑いが浮上して、私は笑う。



「そんだけ」



すると本日何度目か、リドル君が目を丸くした。
そして私の頭へと手を伸ばすと―――









「ングッ!」









私の頭を抑え込んだ。首が痛い。


「まったく、君はっ」


顔を上げようとすれば余計に押さえつける力を強める。そして、ぐわんぐわんと、軽く頭を左右に振られた。―――これはまずい、先程笑ってしまったので、きっと怒らせたに違いない。


「今日という今日は、本当に、全くもって、意味が解らないよ」
「ごごごごめんなさい」



頭を押さえつけられているムゲンは気付かない。











―――怒った顔とは全く正反対である、
リドルの不器用な表情に。


































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お手紙メモ編(仮)終了。

“死にそうな顔をしていた”なんて、はたしてそれは本当なのでしょうかね?


時間軸は
【図書室で紙を貰う(前々回)】→【次の日、芝生の上(前回)】→【図書室で別れた後の回想+次の日、芝生の上で、“馬鹿じゃないの”と言われた後(今回)】

と、不親切な事に……(笑)

それにしてもムゲンさんは時に言葉の足りない人っぽい。



           
            

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