ムゲン

□図書館の一角にて
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ホグワーツの図書室はとかく広くて素晴らしい。何百、何千の書棚があり、迷える子羊達に必ず答えを与えてくれる。※ただし根気と熱意のある者に限る。

さらに素晴らしい事は、グリフィンドール寮から訳15分程度だという事。
私はとある課題を終える為にも、今まさにそこへ向かっている所だった。


どういう訳か、リドル君も一緒に。


……否?別にどういう訳でもないか。詳細は忘れたけれど、何だか流れ的にそんな展開になっていたのだ。私は別に嫌では無かったので、川の流れに従順な笹舟の様に事を甘受していた。



***



リドル君がひょいと扉を指差し、私はコクリと頷く。そして共に図書室へと入った。何処に座るのか、と声を掛けるようと見上げるが、なんと、リドル君は歩き出してしまった。私は後ろに続く。惰性だろうか。

リドル君は結構スイスイと歩いて行くので、私も置いて行かれぬようにせかせかと足を動かした。どんどん行くので体力に自信のない私はだんだん呼吸がぎこちなくなって行くっていうか本当に容赦なく進んでいくな。

私はもつれる足の所為で偶によろめき、積み上げた本にぶつかり落としかける。
その度に振り返ってはブンブンと杖を振り、忙しなく元に戻す。何だか人間の住処に現れる真っ黒なG殿駆除を密かに思い出しながら。……あ。そういえばリドル君の髪の色も―――おっと止しておこう。
それにしても私、何しに来たんだろう。

無気力の彼方へ誘われかけた矢先に、急停止したリドル君にぶつかってしまった。「ぬぁあ……」と痛む鼻を痩せ我慢しながら見上げると、ここにしよう、と言ってさっさと席に着いてしまった。
“ここにしよう”という事は、私もここへ座るべきなのだろう。私は、鼻血の気配は無いかと確認すべく、痛む鼻をスンスン鳴らしながら座った。

すると突然、グッとリドル君がこちらへ振り向いた。
驚いて固まっていると、リドル君は杖を出し―――


「……」


無言で私のネクタイを直した。意味が解らなかった。
この人は一体……何がしたいのだろうか。



***

私はまるで外界とのつながりを完全に絶ったかの如く、寡黙だった。課題を終えねばと無言で本に目を通している。


そンな時、不意に

“リドル君と一緒しかもお隣に腰を下ろしているこの現状、彼のファンに殺されるのではないか”

とか考えたけれど、実際はそんなこともなかった。冒頭で述べた様に図書館はとても巨大で、さらに細い通路だけでも何百も存在する故、知った人に会う確率はすこぶる低いのだ。

そしてもう一つ。もうそろそろ学年試験が近くなる時期なので、わざわざ図書館へ訪れる皆様と言えば勉強に熱心な方々ばかりなのだ。例外である私にとっては、おぉ、眩しい。

しかしいくら人並み以上の熱意を持ち合わせて居ようとも、集中力には限界がある。勉強缶詰になれる人間なんてそうそう居ないようで、四方何処からともなくコソコソと話し声が聞こえてきた。
私はさほど読書に集中していないのか、またはとても集中しているのか、特に気にはならなかった。その時、


トン、と腕を突かれた。
隣に座る、リドル君だ。


振り返ろうと首を動かすよりも早く、ス、と私の目の前に紙切れが滑る。


「(――うん?)」


隣を見上げると、リドル君は頬杖を突いては、すましたように向こう側を向いていた。
私には少しの頬と耳、そして黒い髪しか見えない為、その表情が解らない。
空いたもう片方の手は机に乗っていて、人差し指から小指という順番で、トントントントン、と軽い調子でリズム良く机を叩いていた。

若干戸惑いながら『何だろう』と紙を覗く。そこには


“図書室に来ておしゃべりするくらいなら、さっさと出て行って欲しいと思わないかい?ムゲン”


私は目を見開いてその紙を、食い入るように見つめた。




―――この人、めっちゃくちゃ字綺麗だ。




私はリドル君の愚痴よりも、そちらの方に目を丸くしていた。

大きさ、傾き、曲がり具合、跳ね具合、全てが揃っている且つ完璧で、私は身震いした。こんなに素晴らしい字は見たことが無い。何故そこまで字に感動するのかというと、私自身、字がヘンテコなので、字が綺麗な人にとても強い憧れを抱いているからだ。

私はちょっとそわそわした。
字について書き散らしたいとも思ったけれど、私は一旦深呼吸をした。深呼吸して、冷静な脳を取り戻す、というか装う。
そして、ペンを取った。






“感動しました。”





間違えちゃったよ。これ不正解な回答だよ。


これじゃ『君は文字も読めないのかい?』と口角をピクピクされるかもしれない。
私は、怒ったら絶対殺しにかかるであろうリドル君に脅えて、なんとか軌道修正と言う名の誤魔化しをする事にした。



“感動しました。その精神に。”
“ところでどうしてこんなに字が綺麗なの”



ふむ、と軽く息を吐く。

自然……だよね、これ。きっと大丈夫だよね。

それにしてもリドル君は、たかがメッセージのやり取りに使う紙でさえ、綺麗なものを使用してしまっている。破った切れ端とか、要らない紙の裏とかでもいいのに。

なんて、そんなことは置いておこう。それよりも早くメモを返さないと……何だか、リドル君がそわそわしているように思えてきた。私はさり気なく、メモを渡す。

そのとき不意に気付いた。

メモを渡す際、私自身も、リドル君の様にそっぽを向いていた事に。



リドル君は呼吸が一瞬止まった様だった。そして少し間、静寂が訪れた。
しかしそんな間が永遠に続く筈もなく、サラサラと羽ペンを滑らせる音が聞こえてきた。そして例の如く渡される。



“字は別に普通だよ”



そのメモを見た瞬間、私はさながら演劇に登場する役者のように「はあぁ……!」と感動に満ちた息を吐きそうだった。リドル君が一行目の文をサラッとスルーして下さっている、と。

リドル君は割と、割と空気的なものを読んでくれるのかもしれない。……もしかすると、単に呆れられただけかもしれないけれど。

私は再びそわそわした。
この、この一文字一文字の美しさ。これが普通とはどういう事なのだろう。私は、さぞ気持ち悪いであろうニヤケ顔を押さえ、やや緊張しながら返事を書く。


“その、もしよろしければ、別に無理とか嫌なら強制しないんだけど、全然無視してよろしいのですけれど、ここへ『ムゲン・アトリエイリス』と書いて下さいませんか?この下線部の上へです。”


ムゲンはその紙を渡した瞬間、はぁ!と机に伏せてしまった。勢い余って額が机に激突し、「ゴムッ」という鈍い音がする。
リドルはその不可解な音に、思わず隣を見下ろした。そして伏せたままのムゲンをジロジロと不審がりながらもメモを読む。そして読んだ瞬間、思わず首を傾げた。



「(ムゲンは……何がしたいんだ……?)」



















しかし、そうやって首を傾げつつも―――リドルの手は、“ムゲン・アトリエイリス”と動いていた。










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デフォルト名で
不覚にも笑ってしまった。

この深刻なツッコミ不足回の続きとして、いずれテンション戻ったムゲンさんに働いて頂きたいい。



今更ながら、このシリーズのリドルはナチュラルにキャラが崩壊致します。
もう既に被害者だよ!という方、申し訳ありませんでした(´q`;)

         

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