ムゲン

□初めての体験
1ページ/1ページ


ブラッジャーなるものは実に凶暴で、私はすこぶるテンションが上がる。

この直径25センチの真っ黒な鉄球二つは、試合中ビュンビュン飛び回り、選手を箒から叩き落とそうと暴走している。ブラッジャーには無差別に選手を追尾する魔法が掛けられているため、首尾一貫して弾丸の如く会場で暴れまわっている。そう、まさに破壊神だ。破壊の神様だ。

ブラッジャーが選手をかすめたり会場を破壊したりする度に観客席からは「ああああ」と悲鳴が上がり、バットで打たれ敵を追尾すると「ああああ」と歓声が上がる。皆は無論、その光景に「ああああ」と上げているのだが私は密かにブラッジャーに「ああああ」と雄叫びを上げている。また打たれてロケットのように飛んでああああ

そういう所も含めクィディッチは私にとって最上級のイベントだ。否、ブラッジャーを抜きに考えると私だけではない。グリフィンドール生にとっても、というかホグワーツ全体にとっても最上級のイベントだ。

そんなイベント故に当然ながら、試合当日は皆の熱気が荒ぶる。応援席では、例えばシーカーに対し「スニッチはよ!スニッチはよ!」と言った具合に熱烈な応援を送る。しかも今年はグリフィンドールの優勝となり、皆のテンションが「ああああ」と爆発した。寮でのお祭り騒ぎに宛ら動物園の如く「ああああ」と奇怪な歓声が上がり選手たちも皆「ああああ」と叫び優勝杯を掲げると皆で「ああああ」そんな中で私も叫ぶ「ああああ」ブラッジャーに対しても「ああああ」すると何だかもうああああ




と、その事について熱心に語っているとリドル君は棒立ちのままこちらを見下ろしていた。
実に色の無い目をしていて、微かに半分目を伏せているような、とにかく色の無い目。
聞いてた?と問うと、


「あぁ……うん……」


と、しどろもどろで覇気のない、微妙な声でリドル君はそう言った。その表情は“軽蔑”にも似ているような気もするが……どうもしっくりこない。きっと“軽蔑”ではないのだろう。
私はハッとした。


「あ、ごめん……そう言えばリドル君ってスリザリン寮だったね、」
「えっ?あぁ……」
「でも、正直最終決戦は惜しかったと思うよ、嫌味とかお世辞とか抜きに」
「別に……」
「あの時ブラッジャーがね、シーカーに当たらなければ……ブラッジャーが」
「いや……そんなたかがゲーm」


リドル君は何か言いかけた様に思えたが、何も言わず口を閉じた。確かに私へ目を向けているのだけど、その視線は焦点があっていないように見受けれれる。

それにしても、何でリドル君は元気が無いのだろうか。覇気もないし。口には出せないけれど、なんだか萎びたキャベツ並みだと思う。

こんなリドル君は見たことが無い。体の細さや色の白さから平素より不健康には見えるものの、こんなに元気のない姿は見たことが無かった。
私は訳が分からないと思いつつさして気にもならなかったので、午後の授業を受けに行くべく、「じゃあ」と別れを告げた。




***




何だったんだあれは。
彼女はその……なんだったんだ。
あんなムゲンは見たことがない。あんなにマシンガンの如く喋るムゲンは見たことが無かった。不覚にも、圧倒されてしまった。熱意と呼ぶのか情熱と呼ぶのか解らなかったが、兎にも角にもムゲンに気圧されて何も言い返せなかった。ブラッジャーがどうのとか言っていた気がするけど、正直ひたすら圧倒されていたため話が頭に入らなかった。


「……」


僕は生まれて初めて、相手に対し
魂でも抜けたかのように呆然となった。

















---------------
人はそれを「ドン引き」と呼ぶのですよ、リドルさん。



            

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ