ムゲン

□彼にとっての“楽しい”
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場所は、人気の少しもない、寂寞としたバルコニー。
リドル君は手すりに肘を付いては頬杖を付き、中庭を見下ろしている。

午後の陽光は心地よい。
とか思いつつ、私は隣に並ぶ彼とは違って、後ろの廊下に並んだ甲冑を眺めていた。しかしそれにも飽きた頃、お外へと振り返る。不意にその過程で、リドル君が目に入った。

まだ、中庭を見渡している。
その横顔はぼんやりとしていているものの、顔が整っているが故に呆けた表情には見えない。それどころかまるで儚げな少年の絵画に見える。他の人ではそうはならないだろうに。この世はどこまでも差別的で理不尽で不条理だ。しかし君、絶望するにはまだ早い。とかいつか言ってみたい。

中庭を見下ろすその視線の先には、わらわらと人が集まっていて、会話を楽しむ者も居ればベンチで休憩している者も居るし、ただ通りすがりも居れば、何かゲームをしている人も居る、と、人それぞれだ。

そのとき、リドル君が「フン」と鼻を鳴らした。何事だろうかと横目でリドル君を見上げた私。その瞬間、いささか息を詰まらせた。

なんと言うことでしょう。彼はいつの間にか、その大勢の人々をまるで養豚場の豚でも見るかのような目で見下ろしているではないか。
相変わらず厭ぁな目だなぁ、もう。


「僕には解らないね」


小馬鹿にするような、または呆れるような、よく解らないため息と共にリドル君はそう吐いた。


「何が?」
「あいつ等が何を考えているのか、だよ。」


肩をすくめたリドル君。
私は「一体これから何が始まるのです?」と私は背伸びをして、その中庭へ視線を移そうとした。ら、


「ほら、」
「ぐぇっ」


リドル君は私のネクタイの結び目あたりを掴んで、自分の方へグイと寄せた。普通は肩をつかむとかするだろうに何これ嫌がらせ?と、一般人に対してならばそう思っただろうけど、リドル君だから仕方がない。だってリドル君だもの。


「あの掃いて捨てる程集まっている、あいつ等さ」
「う、うーん……」


何で綿埃か虫けらの話でもするかのような表現なのだろう。対象は人間なのに。


「飽きもせず馬鹿みたいに集まって、どうでもいい話でもやたら共有したがって、体力やエネルギーを浪費する。一体何がしたいんだい?」


そんな哲学的なことを急に申されましても……

私は眉をハの字にしながらリドル君と同じ方向へ視線を投じた。そういえばさっきから体とか密着しているのだけれど、別にいいのだろうか。


「まあ、楽しいからそうしてるんじゃないの?皆」


私は難しいことはよく解らないので無難且つ無難で無難な回答をした。
その途端、サッとリドル君がこちらを向いたのをありありと感じた。え。お気に召さなかったのだろうか。


「“楽しい”……?」


何馬鹿なことを言っているんだい?とでも言いたげに、眉間に少しシワを寄せ、若干怪訝そうな顔をしてこちらを見つめていた。何か本気で理解しがたいものに直面したときの顔だ。


「君は、“彼らはあれらの行為を楽しいから好き好んで行っている”と言ったのかい……?」
「え、そんな顔されましても」


っていうか何でそんな翻訳テキストみたいな物言いなの。

「まあ、そうだけど」と肯定すれば、さらに眉間にシワが寄る。そして「ハッ」と嘲笑するように短く笑った。


「ますます理解できないね。」
「うーん……じゃあさ、リドル君」
「なんだい?」


珍しく私から話しかければ、リドル君は少し笑って――でもやっぱり笑うの下手だな――こちらを向きながら首を傾げた。


「リドル君は、何をしているときが楽しい?」


横目で見上げながら尋ねる。どう答えるのだろう、と見上げたけれど、リドル君の表情に別段変化はなく、ごく当たり前に、口を開いた。そして当たり前に、言う



















「この世に楽しいことなんて、何一つないだろう?」


















解りきったことや常識を口にするような、そんなそぶり。


……おぉ……回答が斜め上すぎると思うよタンジェント……。


「そうだろう?ムゲン」


リドル君は急に、こちらへ向き直った。その表情はやはり、なんでもないような普段の顔で、私は少し、ペースが遅れた。


「えっ?……んー……まあ人それぞれ、というか……」


腕を組んで首どころか頭をひねる私を、「君は相変わらずはっきりしないね」とリドル君が小突いた。手加減を知らないらしく、私はその勢いでちょっとよろめいた。よろめいたついでに「あ」と閃いた。


「リドル君は“あいつ等の考えていることは解らないね!”って言うけど」
「別にそんな言い方したつもりはないけど」
「……ごめんごめんごめんホントごめん訂正するよ」


無意識だったよそんなに怖い顔しないで下さい、と若干祈りながら謝る。リドル君はまた普段の表情に戻って外を見た。私も同じように、外を見る。


「で?」
「うん、不意に思ったんだけどさ。あ、別にどうでもいい事なんだけど」


一応断わっておけば、リドル君は頬杖を付いて、遠くを見詰めながら「何でもいいよ」と言った。その声が普段よりもなんとなく柔らかい気がして、少し、少しだけ吃驚した。


「リドル君は“あの人たちの考えが解らない”って言ったけど」
「うん」
「―――私の考えは、解るの?」


背後で風が吹き抜けた。



どう……しよう。



と、何となく自分の言葉に動揺した。理由はよく解らなかったけれど。
けれども私はいっそ開き直るかのように、体ごとリドル君に向き合った。「さあどうなる!」とついでに顔まで見上げた。冷静に思う、私は勇敢だと。


しかしそんな苦労など知り得ないであろうリドル君は、実に呆気なく口を開いた。


「―――だって相思相愛なのだろう?」
「……えっ?」


まるで欠伸をするかのように自然に言った。私はと言えば勿論、頭にクエスチョンマークを浮かべながら、その意味不明な言葉に目を見開いては硬直してリドル君を凝視していた。
しかしリドル君は、それ以上何も言わない。彼の中ではもうこの話は終わったらしい。終わったらしい、けど……


駄目だ、それ、答えになっていないよ……










       

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