薄桜鬼箱舘時代

□土方の涙(明治二年一月)
1ページ/9ページ

19萬打御礼アンケート話
土方の涙(明治二年一月)1


「おはよう雪村くん。」
「あ‥‥大鳥さん。おはようございます。」

極寒の地であっても常に陽だまりのような笑顔をみせる男と、男装ながらつぼみを開き始めたばかりの可憐な花のような少女が、穏やかに朝の挨拶を交わしている。

ここは五稜郭。
彼らは蝦夷共和国陸軍奉行大鳥圭介と、陸軍奉行並土方歳三付きの小姓雪村千鶴である。

「あれ?‥土方君は留守かい?」
「ええ、先程『ぶりゅね』さんのところに‥‥今お茶を淹れますね。」
「ああ‥お構いなく。」

共和国軍の軍事顧問の名前を発音し辛そうに口にしながら、千鶴はすぐさまお茶を淹れる準備を始めた。

大鳥がここに来る理由の三割は本当に土方に用があるときなのだが、あとの七割は千鶴の淹れるおいしいお茶が目当てといっても過言ではない。
千鶴はそのあたりをちゃんと心得ている。
馴れた手つきで鉄瓶から急須に熱いお湯を注ぐと、たちまち茶の芳香が部屋中に漂い始めた。

「へぇ‥土方君が君を同行しないなんて珍しいね。女の子には戦の話を聞かせたくないのかな?」
「さぁ‥そんなことはないとおもいますけど。‥‥どうぞ。」

大鳥が土方に内緒でこの部屋に常駐させている彼専用の湯飲みが、千鶴のしなやかな手によって目の前に差し出された。

「ああ‥ありがとう。いつも悪いね。」

湯気で鼻の頭を湿らせながら、千鶴のお茶を美味そうに啜る大鳥は‥‥まるで楽隠居のように穏やかな表情をしている。
陸軍奉行という重要な地位にいて、春には大きな戦が控えているはずなのだが‥‥。
そんな危機感がまったく感じられないのは‥‥ある意味彼固有の才能なのかもしれない。

「あぁ‥‥‥生き返ったぁ‥‥冷えて固まった身体が溶けていくって感じがするよ。」

その言い方がやや年寄りじみていて、千鶴は思わずクスッと笑ってしまった。
見た目はとても若く見えるのだが、大鳥は土方よりも年上なのである。

「僕の周りにはこんな美味しいお茶を淹れてくれるような人が居ないからね。土方君はいいなぁ。羨ましいなぁ。」
「‥あ‥ありがとうございます。そんなに褒められると‥‥なんだか恥ずかしいです。」

千鶴は頬をほんのりと赤らめて身を小さくした。
千鶴の初々しい様子に大鳥の表情がさらに和らいでいく。

《本当に羨ましいよ。土方君が。》

千鶴に聞こえぬよう心の中でそう呟いた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ