薄桜鬼ED後

□開業(明治二年初冬)
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開業(明治二年初冬)1

広大な蝦夷の大地に雪が積もり始めた。
京の冬の寒さも厳しかったが‥‥さすがは極寒の地と呼ばれるだけあって京の比ではない。
蝦夷のもっと奥地のほうは寒さがもっと厳しいらしく、すべての水分が凍ってしまう‥‥と目の前にいる酒屋の親父が言う。

「もっと内陸の方じゃ鼻水も出た瞬間凍っちまうし‥外で立小便をしようものなら小便柱みたいなもんが出来あがるって聞きましたぜ。」

この季節‥‥酒屋は繁盛する。
身体を温めるには酒が一番‥‥ということか。
残念ながら俺は下戸の類に入るから、そのような酒の恩恵に与れないが、月に一度程度やってくる大酒飲みのために、こうして酒屋で酒を買うことにしている。

「お兄さん‥大丈夫かい?この地にまだ慣れていないんだろう?とにかく酒強くならなきゃ‥‥ここで暮らしてはいけないよ。」

この親父は俺が下戸だとすぐに見抜いた目利きだ。

「去年の冬もこのあたりに住んでいた。ここの冬の厳しさは体験済みだぜ。」
「そうかい?じゃせめてあのかわいい嫁さんにたっぷり滋養のあるもん食わせてもらって‥‥もっと太るがいいよ。あんたは男前だがそんな細身じゃ凍え死んじまう。」
「亭主の稼ぎが悪いからな。‥そう贅沢も言っていられねぇや。」
「まぁこの不安定な世の中じゃどこも同じだねぇ。だがこの辺は医者も居ねぇし‥身体だけは大切にしなきゃ。」
「それは心配いらねぇよ。うちのは医者の娘なんでな。父親の手伝いもしていたから医術の知識も豊富だ。それに俺も元は薬売りだしな。」
「へぇ!そうかい!?こりゃいいことを聞いた。‥今度具合悪くなったらあんたのところに行っていいかい?」

この地域には医者と呼べるものはほとんど居らず、具合が悪くなったら箱舘の中心部まで足を運ばないといけない。

「ああ‥‥構わねぇよ。この店にはずいぶん世話になってるみてぇだし、あいつは人を助けることが好きだからな。」

金子(きんす)が足りないとつけにしてくれることもあるらしい。
千鶴が感謝しているのを聞いたことがある。
するとこの店のおかみさんが口を挟んだ。

「そういえば‥‥うちの裏の家の奥さんが、末の坊やの吐き気がずっとおさまらないって泣いてたよ。‥‥悪い病気じゃなけりゃいいんだがねぇ‥‥。」
「あのちっちゃい子がかい?‥そいつはいけない‥‥なぁ雪村の旦那‥‥さっそくだが‥嫁さんに頼めるかい?裏の家は不幸続きで‥‥5人の子どものうちすでに病で二人も亡くしている。これ以上何かあったら‥‥。」
「あんた!不吉なこと言うんじゃないよ!」

ちなみに‥この地では俺の姓は雪村となっている。
名が通った土方姓を名乗るわけにはいかなかったからだが‥まだ少し俺は慣れていない。
呼ばれても一瞬誰のことかと迷うくらいだ。
今も一瞬虚をつかれて‥本人に確認せずに了承してしまった。
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