グウェアニ部屋

□魂の刻印
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魂の刻印1

「はぁー‥‥‥‥」
彼女はドアを閉めるなり、大きなため息をついた。

《今まで数え切れないくらいため息をついてきたことか。ため息が幸せを逃すというけど、もし幸せがそのたびに逃げていくというなら、‥‥。》

それだけ長い間ひた隠しにしてきた本当のアニシナの想い。

フォンカーベルニコフ卿アニシナ‥‥またの名を『赤のアニシナ』

眞魔国三大魔女の一人としていろいろな意味で畏怖され続けてきた彼女だが、大きな樫の木の上の古ぼけた小さな小屋に逃げ込んだ姿は、とても普段の『赤い悪魔』という雰囲気からは程遠い一人の小柄な女性でしかなかった。

そんな心情のときはカーベルニコフ城にある自分の居室や、各地にある彼女が勝手に作っている研究室ではなく、唯一彼女が素顔を見せることができるこの木の上の小屋『基地』にやってくる。

他の場所では人の眼が多く、そのような状態の自分を誰にも見られたくはなかった。この『基地』ならそんな心配も気にすることなく、心奥底にしまいこんだ想いに浸ることができる。
唯一ここを知るのは幼き日に共にこの『基地』を作った幼馴染だけなのだ。

しかし、困ったことに今日のアニシナにとってはこの『基地』も、本当の意味では安心して想いに浸ることのできる場所ではないこともわかっていた。
なぜなら、その幼馴染こそ、今彼女がため息をつくことになってしまっているその張本人なのだ。

アニシナが彼の居城に勝手に出没するのと同じくらいに、彼自身がこの『基地』に出没する。幸い、さっき実験の「もにたあ」をさせたせいか、当分本人は外に出ることはできない状態なので、とりあえず暫しの間ゆっくりと彼女はここで想いにふけることが出来そうだった。

アニシナの一人想い‥‥。

《この基地も、ずいぶん古びてまいりましたわね。すでに100年は経っているのですから仕方のないことかもしれません。ここを建てるのに‥‥グウェンダルと朝から晩まで寝食を削っていたころが懐かしい。》

いつの時代も子どもというのは何かに夢中になるものだ。幼かった二人が『基地ごっこ』と称して、大人たちの目を盗み、材料を持ち込んでは力をあわせて作ったこの基地は、アニシナが文献を読み漁って建築術をマスターしたおかげで、とても子どものお遊びで作った掘っ立て小屋ではなくしっかりとした造りになっていた。
途中何度か手入れはしたが、100年以上立派に木の上に傾かずに建っているというのは、さすがアニシナとグウェンダルというべきであろう。

《グウェンダル‥‥。》

いつからだろう、こんな気持ちは‥‥。思い浮かべるだけで胸が苦しくなる。

ふと気が付くとテーブルの上に器が転がっていた。うっすらだが底には誰かが食べてそのままにしたような輪染みのようなものがある。

《おや?これは?こんなものを持ち込んだ覚えはありませんが‥‥。さてはグウェンダル。
こんなところで隠れて宮廷料理風庶民の味を食していたのですね。やれやれ片付けもしないで困ったものです。‥‥あ‥れ‥‥?》

実は覗いた者の前世や未来が見られるという魔鏡の親戚?の幻鏡なるもの。魔鏡ほどの力はないにしても魔族なら覗けば過去の忘れていた真実を映し出すと言う。
おかげで、赤い悪魔フォンカーベルニコフ卿アニシナは古い隠れ家で、忘れていた真実と向き合うため水色の瞳を鈍く光らせながら意識を失うこととなった。
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