薄桜鬼ED後

□隣の芝生は良く見える?(明治三年正月)
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隣の芝生は良く見える?1
(明治三年正月)


年が明けた。
俺たちが暮らすこの北の大地は、いまやすっぽりと雪に覆われている。
白い‥白い‥ただひたすらどこまでも続く銀世界。
昨日は雪がひたすら深々と降っていたが、今はもう止んでいる。
夜が明ければ‥‥もしかしたら初日の出が拝めるかもしれない。

正月といっても‥‥俺が調合して売っている薬と‥千鶴の内職と‥あと千鶴のちょっとした医者まがいの仕事で生計を立てている程度の今の暮らしでは、立派な正月飾りや豪勢な正月料理を用意できるわけはない。
もちろん‥‥このあたりに居を構える連中も、俺らとどっこいの暮らし向きだから、虚勢を張る必要はまったくないが。

俺と千鶴は今‥‥どこかにあるらしい寺の除夜の鐘を聞きながら、真っ暗な夜道を提灯の明かりを頼りに歩いている。
近所にあるこの地域の氏神に初詣に行く途中なのだ。
たくさんの仲間や部下を死なせた俺としては、正月気分を味わうことなどもってのほかと思っていたから、初詣に行こうという千鶴に渋面を作ったが‥‥。

「ご近所の手前‥というものがあるので‥‥」

と‥困った顔で言うので‥‥仕方がなく詣でることにした。
まぁこんな狭い地域で正月に初詣に行かない家があれば、何かと噂になることもあるだろう。
喪に服していると言えばいいのだが、それが逆に要らぬ詮索を受けることになるやもしれない。
それは‥壮絶な過去を持つ俺たちとしては極力避けたいことだった。

あの戦のあとこの地に住み着いて半年以上になるが‥‥その半分以上‥‥己の傷を癒すための療養にあてていたせいで、俺はこのあたりのことをまったくと言っていいほど知らない。
俺の今の行動範囲といえば、薬草を採るために入る山や、時折買いにいく近所の気のいい酒屋といった生活に最低必要な場所ばかり。
ここは箱舘の街からはずいぶんと外れた場所で、町医者すらいないような辺鄙なところだ。
『新選組土方歳三』の名前は聞き及んでいても‥顔までは知るわけがない。
だからこうやって暮らしていけるのだ。
もちろん五稜郭や箱館の中心部ならば当然詳しいのだが‥‥そちらには蝦夷共和国時代の顔見知りもいるだろうから絶対に行かないように気をつけている。
官軍の捕縛使らに不用意に注目を浴びないためだ。
こそこそするようで情けない話だが‥‥俺の大切なもののためにこの生活を選んだのだから仕方がない。

ゴーン‥‥‥オン‥オン‥‥

すっかり雪雲が晴れて澄みきっている夜空に響くこの除夜の鐘が、どこから聞こえてくるのか‥と‥ふと疑問に思った。

「千鶴。この鐘はどこから聞こえるんだ?」

聞いてから‥知ってどうするのか?‥と心の中で自問してみる。
できれば‥近藤さんたち亡くなったもんの弔いをやってやりてぇが‥‥今の俺らの暮らし向きでは墓どころか法要すら営んでやれないだろう。

悪いな‥‥近藤さん。

会津には松平容保公に懇願して立ててもらった彼の立派な墓があるが‥ここからでは遠すぎる。
それにこの薩長天下のご時世に逆賊の墓‥‥ということでその墓すら残っているかどうかすらわからない。

「近くの村にあるお寺らしいですよ。なんでも‥‥」

千鶴がくすっと笑う。

「蝦夷共和国のお偉方が眠っているという話ですから。」
「お偉方?誰だ?」
「‥歳三さんですよ。」

千鶴はこらえ切れなくなったのか身をよじって笑う。

「俺か!?」

あの混戦の最中‥機転を利かせ俺を死んだことにした大鳥さんや島田が、『土方歳三』が死んだとされる場所と埋葬場所の偽情報をたくさん流してくれたおかげで、俺の墓だの殉死地だのといわれる場所がこの蝦夷地にはたくさんあるらしい。
きっとそこもそのひとつなのだろう。

「そのお寺には行かないほうがいいかもしれませんね。」
「‥‥そうだな。」

俺が訪れては厄介なことに巻き込まれるかもしれない。
君子危うきに近寄らず‥だ。
近藤さんたちの墓は‥当分お預けになりそうだ。
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