誰が為に、君は往く
□第二話
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「キャハハハッ! 燃えろ燃えろォ!!」
「雑魚は、死ね」
「スレイ! デュアル! 前に出すぎだ!!」
魔物を次から次へと、踊る炎は燃やし、うなる大剣は切り裂く。
二人の攻勢は、魔物も逃げ出すほどである。
大量発生した“蜂”を駆除して欲しい。
そう依頼されたのは、勇者一行を追う旅の途中、立ち寄った村でのことだった。
どうも村の外れの廃墟を、全長が人の半分ほどあるホーネットが巣にしてしまったらしい。
そして、アーネストが頼まれごとを断れるはずもなく、話は今に至る。
家は破壊しても構わないという許可をもらっていたため、初撃はデュアルが家を燃やすという強烈なものとなった。
その身を焦がし逃げ惑うホーネットは、廃墟を飛び出した途端に容赦なく殺されていく。
後ろには炎、前には敵と、それはホーネットからすれば悪夢のような布陣だった。
スレイとデュアルはアーネストの静止を聞かず、どこまでも殺す対象を追い詰めていく。
下手すれば廃墟の炎へ突っ込んで行きかねない勢いがあった。
そんな二人を引き止めるアーネストの後ろでは、ティミットとヴァイスが援護をしている。
「ちょっとヴァイス、邪魔ッス!」
「はあ? 邪魔なのはアンタの方だし」
2人は弓と針という遠距離武器での立ち位置の被りからか、度々肩をぶつけ合っていた。
全くもって足並みはそろっていないものの、圧倒的に有利な状況下で、ホーネットは瞬く間に数を減らしていく。
はじめは耳を塞ぐほどだった羽音も、もうほとんど聞こえない。
近づく終わりに気が緩む中、“それ”は現れた。
「デュアル、最大火力準備して」
「はァ? 俺様に命令してんじゃねぇよテメェ。っつーかもう大して残ってねぇだろーがよォ」
「デュアル、いいから早く!」
「うるせェ! テメェから燃やす……ぞ…………」
大きな羽音が聞こえてくる。
それが大量の羽音ではなく、一つの個体が出しているものだと分かるまでに時間はかからなかった。
全長3メートルはあろうかというホーネットが、燃え盛る廃墟の壁を突き破って飛び出してくる。
眼前で振り下ろされる刃状の足に、デュアルは反応出来なかった。
スレイが間に入り大剣をかち合わせるも、力負けし、二人一緒に吹き飛ばされる。
追い打ちをかけようと巨大蜂は飛ぶが、不意にその片羽根が剣に貫かれた。
「貴様の相手は、こっちだ!!」
叫ぶアーネストに、巨大蜂は標的を変えた。
アーネストの突きは羽ばたきを止めるには至らず、わずかに動きを鈍らせただけだった。
巨大蜂を相手に細剣は明らかに相性が悪い。
ティミットとヴァイスが救援しようにも、二人は遅れて飛び出してきたホーネットの処理に追われていた。
そんな中、ホーネットの一撃がアーネストの剣を弾き飛ばす。
「アーネスト様っ!!」
「ちっ、そろいもそろって馬鹿かよ」
アーネストは、自分が逃げればまだ立ち上がるのに時間を要するスレイとデュアルへ矛先が向かうのが分かっていた。
分かっていたがために、武器を失っても、束の間動くことができなかった。
鋭い刃に切り裂かれる寸前、ティミットがアーネストに飛びつき、押し倒す。
刃が空振りした巨大蜂は、すかさずがら空きの背へと大きな針を突き立てた。
「がはっ」
「ティム!!」
貫かれた腹部から、血が溢れ出す。
それでもティミットはアーネストを庇い続けていた。
巨大蜂が針をズブリと抜き、もう一度刺し貫こうとしたその時。
唐突に、巨体が地に落ちた。
「スレイは、怒ったよ。少しだけね」
そういうスレイの足元には、羽根が落ちていた。
続けて、地をのたうち回る巨大蜂にごうごうと燃える斧が振り下ろされる。
「よくも俺様をぶっ飛ばしてくれたなァアッ!!」
巨大蜂が消し炭になるまで、そう時間はかからなかった。
時を同じくして、ヴァイスが残るホーネットを仕留める。
羽音が止んだ今、辺りに響くのはアーネストの叫び声だけだった。
「ティム! ティム!!」
「ははっ、心配かけてすみません……すぐにシールドのイメージが固まらないせいで……自分が、出来損ないだから…………」
「そんなこと言っている場合じゃないだろう! 早く回復を……!」
腹を貫通した傷は、どうにも手の施しようがない。
時間の問題と分かっていても、取り乱すアーネストを見かねたヴァイスが小瓶を差し出した。
「これは……?」
「対ホーネットの解毒剤だし。まあ、今更何しても焼け石に水だろうけど」
「そうか、毒が……! ありがとうヴァイス! 助かる!!」
いや、もう助からないだろ。
そんな言葉は、気性の荒くなっているデュアルでも流石に口にできなかった。
皆が見守る中、アーネストが小瓶の液体を口へ流し込む。
少しして、ティミットは何事か呟いた後、動かなくなった。
「良かった。間に合ったみたいだな」
「は? どこが? これ死んでるんじゃ……」
ヴァイスの言葉は尻すぼみになって消える。
ティミットの傷が見る見るうちに塞がっていき、跡形もなく消えたからだ。
誰かが疑問を口にするより早く、アーネストは言う。
「まずは村に戻ろう。安静にせねば」
それからティミットが目を覚ましたのは、丸一日たった後だった。
「いやぁ、意識がふわふわして危なかったッス。死ぬかと思ったッスよ!」
「ハッ、回復魔法使えること隠しといてよく言うし」
「まあまあヴァイス。ティムだって好きで黙っていたわけじゃないさ」
ティミットが目を覚ましたことで、五人は宿の一室に集まっていた。
あっけらかんとしているティミットに、ヴァイスは不満を隠そうともしない。
ティミットが自身を救った回復魔法について、三人はアーネストから説明を受けていた。
ティミットは自分が対象ならば回復魔法が使えるのだ、と。
信じ難い話ではあるが、今までアーネストが怪我をしても回復魔法を使わなかったことが、信憑性を濃くしている。
それに、未熟な魔法使いが魔法を使いこなせないことはそう珍しくもなく、その形の一つとすれば納得はいった。
「あっ! アーネスト様、お怪我はございませんか!?」
「ああ、ティムのおかげでな。それより、どうしてあんなことをした? 僕は君に死んでまで守って欲しいとは思わないぞ」
「自分は死んでも守りたいッス。申し訳ないスけど、そこは譲れないッスよ」
アーネストに負けじと真剣な顔をして、ティミットは言う。
そんな様子を見ていたデュアルが、ぽつりと呟いた。
「ティミットは、どうしてそんなに、アーネストが、すき?」
純粋かつ素朴な疑問を、ティミットは聞き逃さない。
「あれ? もしかして聞きたいんスか? 自分とアーネスト様の運命的な出会いを!」
「そういわれると、べつに」
「スレイも、別に」
「オレもどうでもいいし」
「ふっ、そんなに言うなら仕方ないッス。特別に聞かせてあげようじゃないスか!」
そうしてティミットは、語り出した。
ティミット・シグルスは、それなりに武勇で名が売れたお家の三男だ。
剣の扱いに長け、魔法も使いこなすエリート一家。
ティミットの兄二人もその例に漏れなかった。
しかし、ティミットは……。
剣の才能はなく、攻撃魔法も防御魔法も展開が遅い。
希少価値の高い回復魔法は自分にしか使えない上、体力の消費が人一倍激しかった。
それでもティミットはまだ期待されていた。
貴族生まれの戦士でもよりすぐりの者が集まる機関、“アリア防衛隊”の試験に兄弟でただ一人、落ちるまでは。
防衛隊に入隊できなかったティミットには、城の兵士になるしか道はない。
エリートの道から外れたティミットに対する周りの目は厳しかった。
家族は兄達ばかりを可愛がり、ティミットをいない者のように扱う。
兵士の仕事では、シグルズ家を快く思わない者の嫌がらせにあっていた。
居場所のない苦しい毎日が続く中、不意に転機は訪れた。
両親を失って心を痛め、伏せってしまわれたアーシュ王子の専属護衛に抜擢されたのだ。
アーシュ王子は優しくティミットを受け入れ、必要としてくれた。
アーシュ王子に仕えることで、ティミットはシグルス家の呪縛から解放された。
「アーシュ王子……アーネスト様は自分の救世主ッス。とんでもなく素晴らしいお方ッス。この世に2人といない人格者ッス。世界で1番ーー」
「おい、スレイ」
「ヴァイス、どうしたの?」
「アイツの話聞いてたか」
「アーネストを、延々と賛美し始めた辺りからは全然」
「ぼくも、きいてない」
本来なら止めに入りそうなアーネストは、ティミットが目を覚ますまで眠っていなかったためか、話の途中でがくりと頭を下げたまま動いていない。
ヴァイス達3人では、止めようにも止まらないことは分かっていた。
なにせ、既に5回は退出しようと試みている。
その度、ティミットが「どこに行くんスか?」などと話は終わっていないとばかりに呼び止めてくるのだ。
「ティミットは、頭おかしい。アーネスト狂」
「本当だし。男同士で好意むき出しとか気持ち悪いし」
「……ヴァイス、今なんて?」
「好意むき出しとか気持ち悪い」
「その前」
「男同士で?」
何か変なことを言ったかと眉をひそめるヴァイスに、スレイとデュアルは顔を見合わせた。
「あのね、アーネストは……」
「デュアル、面白いから黙っておこう」
「おもしろい……?」
ヴァイスが聞き逃したのであろう真実を告げようとするデュアルに、スレイはしーっと指を口に当てた。
ヴァイスは不可解そうな顔をしながらも、ふと眠りこけるアーネストに目を止めた。
そして、部屋を漁って使っていない毛布を探すと、アーネストへそっとかける。
「あーーっ! 何点数稼ぎしてんスか!!」
「はあ? 何の点数だし」
「しれっとそういうことしやがって……お前だけには絶対アーネスト様は渡さないスからね!!」
「いや、いらないし……?」
完全にライバル扱いするティミットと、何故ライバル視されているか分からないヴァイスの噛み合わない言い合いが始まる。
デュアルはアーネストが目を覚まさないようにとその耳を手で塞ぐ。
スレイは意地の悪い笑みを浮かべて、目の前で繰り広げられる人間模様を観察するのだった。
ーーto be continued