Heroic Legend -終章の白-

□第87話 涙 -ナミダ-
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初めて見た世界は、真っ暗だった。


真っ暗、真っ黒、黒一色。

上も、下も、左も、右も、全部が暗黒だった。



そもそも、この世界には上下左右という概念も無ければ、重力の概念も無い。


宇宙空間に漂う塵芥(ちりあくた)のように、ただそこに浮かんでいるだけ。



これが、オレが生まれた瞬間に当たり前だと思っていた事だった。


当たり前にそこに存在して、当たり前に浮かんでいて、当たり前に消えていく。


誰にも知られず、誰にも気付かれず。



別に寂しくは無かった。

そんな感情も概念も、オレには存在しなかったからだ。


喜びも快楽も無い。
感じるのは、痛みと苦しみだけ。

…けど、これが当たり前だと思っていたから、何の疑問も持たなかった。


それで良いんじゃないか。





…けど、ある時。





『助けて…!』


泣きながら助けを求める声が聞こえてきた。

その声の後、この世界にオレとソックリな奴が飛び込んできた。


その瞬間、オレは引っ張り上げられるような感覚を感じ、気付けば黒以外の色で彩られた世界にいた。



(あぁ…コレが『ジメン』か)

うつ伏せで目の前にある茶色い何かを見て、そう思った。

実物を見た事は無い。
が、知らない内に様々な知識が頭に入っていく。

だから、こんな風景を見ても、大して驚きはしなかった。



それにしても、さっきから妙な感触がする。

『メダマ』と『クビ』と呼ばれるものを動かし、それを確かめようとする。


オレの視界に入ったのは、『ニンゲン』と呼ばれる生き物。



「へへ、こんな所で一人で遊ぶと俺みたいな奴に捕まるぜ、おじょーちゃん?」


…コイツ、何言ってやがる?

オレは男だ。"おじょーちゃん"って女の事を言うんだろ。


初めて湧き上がる、何か抑えられない感情。

気付けば、オレはニンゲンに向かって拳を振るっていた。


「がッ…何しやがるこのクソガキッ!」


バキッ!


殴られた。容赦無いな、コイツ。

口に広がる鉄の味。


「…成る程、コレが『ミカク』という奴か…」

「何、余所見してんだよ!」

「煩ぇ。ひ弱なニンゲンの癖しやがって」

また殴られそうになったので、そこに落ちていた『イシ』って奴を拾い上げ、ニンゲンの頭を殴りつける。

「ぎゃあッ!」



…この時味わった感触と感覚。

胸がざわめくのを感じる。
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