Heroic Legend -間章の灰-

□第52話 太古の夢
2ページ/3ページ

「しかし…」

男は振り返って、イザヨミの顔を見つめる。

美しく可憐な顔に不釣り合いな、白い布地に青の刺繍が施された眼帯。
透き通った曇りの無い紫水晶の片目で男の目を見つめ、彼の手を優しく取る。

「俺は…英雄として、皆を守らなければならない。
…けど、それができないんだ。
どんなに皆を守っても、必ず帰路に着けずに死んでいく者が出る…」

家に帰れば、大切な人が自分を出迎えてくれる。

そんな些細な幸せを奪ってまで、生き残っている自分が酷く憎いのだと、男はイザヨミに言った。

イザヨミは相変わらずの優しい表情で、男を励ますように言う。

「…自分をお嫌いにならないで下さい。
貴方様が英雄をお捨てになられたら、もう民は貴方様の守護から外れてしまいます。
そうなれば…より多くの民の血が流れてしまいます」

イザヨミの手の温もりを感じながら、男は彼女の話に黙って耳を傾けている。


「…貴方様は一度お決めになった考えを、決して曲げないお人です。
しかし、時には他の意見と合わせ、吟味し、考えを変える事も必要なのです」

「考えを…変える?」

「はい。"全ての民を守る"ではなくて…"より多くの民を守る"…という風にです。
私は…こんな無理難題で、無慈悲な考えを貴方様に押し付けてしまう悪女です。
しかし、このままでは貴方様は自分に潰されてしまう…。
私は……自分を見失った貴方様が死んでいくのが…怖いのです…」

肩を震わせて、静かに涙を流すイザヨミ。

男は思った。


自分は、いつからこんな身近にいてくれる者の涙さえ、黙って見ているような臆病な人間になったのだと。




自分は弱い。

弱いから、守りきれないものが増えていく。

どんなに強くなろうと足掻いても、最後にはこうやって自己嫌悪という形で自分を責めていく。


結局…自分は、自分の事しか考えていなかった。


「…すまない、イザヨミ。
俺は、いつの間にか…こんなに頼り無い奴になっていたんだな…」

男はイザヨミをそっと抱き締め、静かに自分の思いを告げた。


「俺は…まだ英雄と呼ばれるような人間にはなれない。
けれども、必ず強くなってみせる。
俺自身だけではなく、お前や…このイッシュの民達の為にも…。
俺は……できる事から少しずつ、前に進んでいく」

「…私やゼクロムもいます。
貴方様が真の英雄となれる時まで、その後も…ずっと、ずっと…支えますから…」
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ