□アラシロイド2
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心臓が口から出そうな思いで道中を行く。
と言っても建物内なので遠くにいたとはいえ、五分とかからずについた。
「サトシ、ショウ、はいるよ」
半分力任せにマサキが扉を開ける。
滑車のついたスライド式のドアは10センチほど戻って止まった。
「おー。遅かったな。待ちくたびれたよ」
「ジュン、どこにいたの?待ってたよ。さあ入って入って」
ちゃっかり一番質のいい椅子に座っている大野サトシと笑顔で手招きする櫻井ショウ。
ジュンがおもいえがいていた光景とは大分違った。
「とりあえずまあ座って。お茶でも飲む?」
「いや、いいよ。ありがとうショウ。……それで話って何?」
ショウとサトシがお互いの目を見合う。視線を合わせたことの合図のように、カズナリが、閉めたドアの音がカンとする。
数秒の沈黙。破ったのはサトシだった。
「なにも聞かないでこの曲を聴いて」
渡されたのはどこにでもある普通の携帯音楽再生機。
すでに曲のタイトルは出ていて、あとは再生ボタンを押すだけでいいようだ。
ちなみにタイトルが出るはずのところにはNo titleとかいてあり、まだ題名はないようだ。
わけもわからずとりあえずジュンはイヤホンを耳にあて、再生ボタンを押した。
流れてきたのは優しいピアノとストリングスだった。
どこかで聞き覚えがあるような気がする。
「この前仕事で来た曲…?」
ジュンが呟く。
正解と言いたげにサトシは頬杖をついてニヤリと笑った。
この曲も見捨てられたわけではなかったんだな。
安堵に胸を撫で下ろす。
しかし彼らは何故わざわざこんなところに呼び出してまで聞かせようとしたのだろう。
ジュンには理解できなかった。
そんなことを漠然と考えていると長い前奏がおわりに近づいていた。
そしてそのままじぶの聞き慣れた声が流れてくるはずだった。
「えっ」
しかし確かに自分の耳から入ってくる声はサトシの澄んだ美声。
意味がわからない。
ワンフレーズ終わると次はマサキの甘ったるいような独特の声。
そこで合点がいった。
彼らは自分を扱き下ろしたいのだと。
リスクを背負ってまで彼らはジュンに期待してくれた。
しかし結果は出すことができなかった。
そんなジュンに彼らは苛立っているのだ。
自分のやるせなさに腹がたった。
彼らの側にいたいと願い、足掻いた時間は無駄になり、あろうことか彼らの汚点を作ってしまった。
声はカズナリからショウのものになり、サビ前の盛り上がるところのワンフレーズ前まできていた。
しかしもう聞く意味などない。
停止ボタンに手を伸ばしたとき、今日三回目の理解できないことが起こった。
「1分15秒、ジュンの出番だ」
ショウがジュンに聞こえるように言う。
ジュンの耳には聞き慣れた自分の声が流れている。
曲は止まらずにサビに入る。
五人分の美しいハーモニーが奏でられた。
もちろん自分の声もある。
「もともとこれはジュンにきた仕事だった」
サトシが頬杖の体勢を崩さずに言う。
「でも俺らが無理に五人で歌えるように頼みこんだ。言っただろ?五人で一緒に歌おうって」
ジュンは全員をゆっくりと見つめる。
微笑みを返したり、真顔だったりと表情はまちまちだが、悪意が感じられる人は誰もいなかった。
「俺は間違ってたんだ……。やっぱり俺はみんなが大好きだ。一緒に歌っていきたいのに、もうすぐお別れなんて……」
「そんなことないかも知れませんよ?」
カズナリが旧型のノートパソコンをジュンの前に置く。
今や薄暗い液晶画面には掲示板のようなものが写し出されていた。
どうやら自分たちのことについて書かれているらしい。
ここでは新しい曲についての話題で持ちきりだった。
まさにジュンが今聞いている曲について。
そして四人を誉める沢山の書き込みの中に、ジュンを誉める書き込みがちらほら見受けられた。
低いパートなら音がとれているんじゃないか、きちんと聞くと声自体も悪くない、五人で一緒に歌っているこの曲が一番素敵だ。
やっと認められた気がした。
「これをみせたらジュンをもっとつかわないわけにはいかないよね」
マサキが天真爛漫な笑顔でジュンに言う。
見ればサトシもショウもカズナリもジュンに微笑みかけている。
ジュンはこの空間が堪らなく愛おしくなって、また零れそうになる涙を隠すように下を向いて微笑んだ。
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