□アラシロイド
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ついさっき言われた言葉が頭の中をぐるぐると巡る。

これ以上売り上げに期待出来ないなら解雇。

なんの抑揚もなく、ただただ自分に言い渡された現実。
歌うようになってからやめていた煙草を久々に吸って大きく溜息をついた。
何の味も感じられない。
「よう、ジュン」
のんきな声が後ろから聞こえて松本ジュンは振り返る。
「サトシ……」
立っていたのは大野サトシだった。
「うかない顔してるな。なんかあったか」
「……。それより見たよ、この間の動画。またサトシの新曲十万再生したね。おめでとう。……やっぱり期待のエース様は違うよ」
「ジュン?」
「……ごめん」
皮肉を言うなんてどうかしている。情けなくて涙が出そうになる。
サトシはまだ何も言わない。
もしかして彼を傷つけただろうか。
俯けていた顔を少しあげて彼の様子を窺う。
「別に言いたくないならいいけどさ、話聞いてもらうだけで楽になることってあると思う。俺でよかったら訳を話してくれないかな」
口を開いたサトシはジュンの予想に反していつもの笑顔で優しく言った。
今日は誰かに甘えてもいいだろうか。
いっぱいいっぱいだったジュンはポツリポツリと言葉を紡ぐ。
「俺、今日売れなかったら解雇って言われた」
サトシは別段驚くでもなく黙って聞いている。
「解雇なんていうけど、本当の意味は廃棄だってことぐらい俺だって知ってるよ。ショウはラップと英語が歌える。カズナリはクセがあるけどそれが上級者にうけてわざと買ってくれる人がいる。マサキは声が独特でそれが一部の人に人気になってる。サトシは言うまでもなく綺麗な歌声と使いやすさでみんなから愛されてる。……じゃあ俺はなんなんだろうな。人工音声なんて言って試験的に作って、もっといいおのが出来たら用済み宣言……。悔しくないわけがないよ。でもこればっかりは俺一人の力でどうにもできないし。……どうすりゃいいのかもうわかんねえよ」
「ジュンは今のままでいいんだよ」
ずっと黙っていたサトシが唐突に口を開いた。
その口調からは感情を読み取ることは出来なかった。
少しだけジュンは苛立つ。
「それで俺は上手くいかなかったんだよ」
そして感情のまま声を荒げる。
するとそれを包み込むような笑顔でサトシが話を続けた。
「俺は知ってるよ。ジュンが毎晩遅くまで歌を練習してること。いや、俺だけじゃない。ショウもマサキもカズナリもみんな知ってる。自分を否定しちゃだめだ。ジュンを評価してる人は沢山いるんだから」
「でも、世間に評価されないんじゃ……」
「期待のエース様にまかせろ。絶対にジュンは壊させない」
「でもそんなことしたらサトシが干されちゃうかもしれないよ」
「俺らはまだジュンと一緒に歌いたい。ジュンは?」
サトシがじっとジュンを見る。その瞳は彼の歌声のように澄んでいた。
ジュンは自分の心に素直に耳を傾けて、サトシを見つめ返した。
「う……歌いたい」
本当は確認するまでもない。ずっとずっと自分が抱き続けた想い。
「じゃあ心配すんな。必ず五人で一つの歌を大ヒットさせるようになろう」
サトシの口調はずっと変わらないままだった。
しかし、さっきと違って強い意志を感じることが出来た。
そんな力強い彼を見て、ジュンは笑顔で「ありがとう」と呟いた。

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