V

□小さな幸せ
1ページ/1ページ

小さな幸せ




ごくり、と唾を飲み込む音が聞こえるのがわかる。
思わず冷や汗を垂らして苦笑いを浮かべる。



「えー…っと?」


「だから、お姉さんつよいの?」



二回目の問いかけに私は更に顔を青くする。
当たり前だ。
だって目の前に居る神威君は“あの”神威君なのだ。
私は今目の前で戦闘体制を取っている神威君のことは一応どんな人物か知っているつもりだ。
だから、小さい神威君でも夜兎族なのだから恐れるのも無理はない。
しかし今は目の前に居るのは小さく、幼い神威君。
力は多少あるかもしれないけど死なないかもしれない。

いや、でもだからと言って今神威君に「はい、強いです」と言っても可笑しい。
というか、まず最初に私は断じて強くない。
そりゃあ松陽先生にちょーっと剣を教えてもらったことはあるがそこまで強い訳でもない。
一応言っておくが私は平穏に生きてきた平々凡々な人間だ。
強い訳ない。寧ろ弱い部類に入るだろう。
血だって怖いし、人が死ぬところを見るのも殺めるのも怖い。
そんな私が強いことは世界が崩壊するくらい有り得ないことだ。

だから私は弱いよ、と神威君に言った。
すると、そっかーと何気ない返事が返ってきた。
しかし体制は崩さぬまま、未だに私に戦闘体制を向けている。
それは私が弱いことを信じてないと取っていいのだろうか。
冷や汗が頬を伝う。
辺りは静まり返っていて、唯一神楽ちゃんだけがキャッキャと近くにあったぬいぐるみを抱き締めて遊んでいる。
あぁ、微妙な空気。

すると、顔を歪めると同時に頭に酷い頭痛が走った。
勿論神威君が攻撃してきた訳でもない。
そうだった。私熱あるんだっけ。
どうりで体が重い訳だ。
起こしていた上半身がぐらっと布団へと倒れ込んだ。
そんな私を神威君はポカンとした顔で見て、此方へと歩み寄ってきた。



「……っ…」


「やっぱいいや。お姉さん弱そうだし」


「…弱そうですいませんね」


「うん、本当。もっと強くなってほしいヨ」


「……」



これ、怒っていいよね。
いや、そんな勇気も力もないんだけどさ。
流石にこれは腹が立つ。

顔を引きつらせて神威君を見れば「お姉さん、こわーい」とケラケラ笑ってきた。
あ、これ駄目だ。ムカつく。
はぁ、と溜息を漏らして目を閉じて寝ようとすると、神威君が私の額に手を当てる。
ひんやりとした手に吃驚し、私は一瞬体を強ばらせたが、徐々にそれは熱がある私には気持ちいいように感じ、体を落ち着かせる。



「お姉さん、まだ熱あるね。もうちょっと寝ていなヨ」


「……私を、殺そうとはしないの?」



実際私は今この場で殺されてもいい筈だ。
神威君が女な子供を殺す趣味がなくても、今の神威君は幼い。
そんなことはあまり考えてないだろう。



「んー…どうしようかな。でも俺まだお姉さんに訊きたいこと沢山あるし、殺そうに殺せないんだよね」


「……」



それは訊きたいことを訊いてから私を殺す、ということなのだろうか。
……まぁ、一応神威君も子供だ。
何回も言うが子供なのだ。
簡単に殺せ…る、か。
こうも意図も簡単にそう思ってしまう自分が怖い。
私は神威君の手が離れたと同時に少し寂しさを感じながらも布団に深く潜り込んだ。
今色んな感情が混じり合って少し混乱してはいたが、私は熱の所為でか体もダルく、思考能力が下がっている為、ゆっくりと目を閉じて寝た。




良い匂いが鼻やを擽り、目を覚ました。
ぼやっとする視界には私の隣で(それも私が入っている布団に入って)すやすやと眠る神楽ちゃん…だろう子が居た。
いや、真横に居た神楽ちゃんは確かに神楽ちゃんなのだろう。
でも何回かトリップしてきた身でもその事実はあまり受け止めにくい。
寧ろ今までも夢を見てきたような気分だ。

重い頭を上げて、隣で気持ち良く眠る神楽ちゃんを起こさないように静かに身体を起こした。
あまりダルくないことを確認すると、熱が下がったのだと分かった。
辺りを見渡して此処は何処なのだろうと思った。
否、きっと神威君と神楽ちゃんの家なのだろう。
でも何故か熱の所為なのかはっきりと認識できない。
小さく溜息を零して、隣に置いてあるお粥と水と置き手紙に目を向けた。


『ちょっとししょーのところに行ってくる。おかゆちゃんと食べてネ。あと、神楽のめんどうよろしく』


と小さな置き手紙に書いてあった。
私は苦笑いを零しながらもお盆の上に置いてあるお粥を持ち上げ、自身の目の前に持っていく。
もしかしてこれは神威君が作ったのだろうか。
ちゃんと綺麗に作られていて、見るからに美味しそう。
こんな小さい頃から料理が出来るということは殆どの家事を神威君がしていて、神楽ちゃんの面倒も神威君がしていたのだろう。
原作なら大人な神威君と神楽ちゃんは仲が悪いからある意味微笑ましい。
ふっ、と笑みを零して神威君が作ったのだろうお粥を口に運んだ。
口中に丁度よいお粥の味が広がり、食欲が増してくる。
またスプーンにお粥をすくい、再び口に入れる。
見た目も味付けも完璧だ。
小さいのにやるなぁ、と思いながらも口に入れたお粥の味を楽しんだ。

そういえば、神威君は師匠さんのところに行ったんだっけ。
よく私と神楽ちゃんだけ残したなぁ…。
もしかしたら私は神楽ちゃんを攫っていく誘拐犯だったかもしれないし、お金を盗んでいく強盗犯だったかもしれない。
それなのにこうもあっさりと家を空けるのは危機感が無さ過ぎる。
……まぁ、私如きにそんなこと出来るわけない、と察したのかもしれないが。

からん、と音を立てさせながら食べ終えた茶碗の中にスプーンを入れ、お盆に置いた。
御馳走様、と口にしてから神楽ちゃんの方を見た。
起きた様子はなく、大分ぐっすりと眠っている。
そんな神楽ちゃんに手を飛ばし、頭を撫でてやった。
するとそれが心地良いのか自然に笑みを作り、私の手に自身の手を伸ばして掴んだ。
どうやら掴んでいたいらしい。
掴まれた手を取ろうとしても、流石赤ちゃん。
小さな紅葉の手は力が強く抵抗しても無だ。
それが何処か嬉しくなって、私は再び神楽ちゃんの隣に寝転がって目を閉じた。




(何か寝てばっかのような気がする)
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ