鋼短編 《Doze》

□バレンタイン、前夜
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それは、とある午後の事だった。





シュトルヒがいつものように山積している書類を黙々と片付けていると、書類の山の向こう側で、不意に同僚が「あ、」と声をあげた。


何か思い出した、とでも言うような雰囲気に嫌な予感がする。

彼は聞かなかったことにするため書類に意識を戻そうとした──が、





「ねぇシュトルヒ、私達朝─というか夜明け前から、なにも食べてないよね?」



無邪気な─いや、無邪気を装った可愛らしい声。

コイツがこんな声を出すときは、大抵面倒な何かに巻き込むときだけだ。

数々の嫌な思い出と一緒に、シュトルヒは盛大に苦虫を噛み潰す。




「…どこぞの上官殿と、どこぞの阿呆な同僚がフラフラしていたお陰でな。」



トゲのある言葉で返すも、リディアはちらとも気にした様子はない。



「最後に食べたの、夜食のキャンディだけだよね?」

「お前は飴を食事と呼ぶのか?」

「要するにさ、お腹、減ってない?」

「─ッ、貴様は少しは人の話を聞け!」




成り立っているようで成り立っていない会話に、とうとうシュトルヒがキレた。




「もー、うるさいよシュトルヒ。そんなだから恋人がいないんだよ。」

「誰のせいだ!」

「え、君のせいじゃないの?」

「──ッ!誰のせいで休みがないと思っているんだ!この二ヶ月司令部から一歩も出ていないんだぞ!」




そろそろアパートの契約を切った方がいいかもしれないと、本気で考える今日この頃だ。





「─まぁそんなわけで、モテないシュトルヒのために、プレゼントを用意しました!」

「話を聞いていたのか、お前は。」

「中央司令部イチの美少女からのプレゼントだよ?喜んでよ。」

「お前のその話を聞かないクセと自意識過剰は何とかした方がいいと思うぞ。」

「じゃーん!なんと、チョコレートでーす!!」

「…………」





もはや突っ込む気力も失せたシュトルヒ。


はい、と押し付けられるままに、可愛らしいラッピングのそれを受けとる。


そしてそれを開─────こうとした直前、ぴたりと手を止めた。






「…おい、ディラン」

「ん?遠慮せず食べちゃってよ。」

「…お前、これを"チョコレート"だと言ったな?」

「そうだよ。トリュフ作ってみたの。」

「…………トリュフ…………」






シュトルヒは、絶句した。

トリュフ…というかチョコといえば、もっとこう甘いにおいのするものではないのだろうか。

間違ってもこんな、鼻をつく刺激臭なんてするわけが──────




「ちなみに、老化予防のために、抗酸化作用を持つイチゴと赤唐辛子、豆腐とスイカを入れてあります!」

「ふっざけるなぁあ!!」

「え、なんで?」




きょとんとしたリディアは、どうやら本当に親切心からやった様子だ。

─だが、だがこれはない。




「…そもそもスイカって季節外れ過ぎるだろ…」

「ふっふっふー。私はお父様の箱入り娘なんだよ?お金の力で万事解決したよ。」




得意気に髪をかきやると、にっこりとして例の毒………もといチョコレートを手に取った。





「特別に、私があーんしてあげるよ。ほら、口開けてー」

「は、おい待て。待てって言ってるだろ、おい貴様、ま─」




抵抗したシュトルヒだったが、どこから出るのか、というほどの強い力で無理矢理口を開かされ───















───────────





「…あ、そこの君!コイツ仮眠室まで運んでくれないかな?」

「ディラン大佐!…ってどうしてシュトルヒ補佐官が倒れてるんですか!?」

「最近疲れてたみたいだからね。無理矢理意識飛ばさせたの。」

「飛ば…………………とりあえず、運んできますね。」

「うん、よろしくねー」






抱えられていく彼の後ろ姿を見ながら、リディアはくすりと微笑む。







目が覚めた彼が、怒って怒鳴りこんでくるまで、あと一日。

そんな彼に、今度こそちゃんとしたのを渡すまでも、あと一日。







──さて、彼が恋心に気づくには、あとどれくらい?
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