鋼長編 《If rain stops》
□第六章【足りないなにか】
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『まったく…どうしてこの私が汽車旅行など……しかもあなた方二人と………』
そう言って不満げに足を組み換えたのは、十代半ばの端整な顔立ちの少女
『わっはっはっ!!たまには息抜きも必要だろ?』
その正面の席で大きな笑い声をあげた、二十代半頃の男
『お前はいつも息抜きしているようなものだろうが。』
そしてその隣で呆れたように眉をしかめた男
口ではそう言いつつも、男の表情はやわらかい。
『…おっリディ!アイス売ってるぞ、アイス!!好きだろ?』
『馴れ馴れしくリディと呼ばないでください!"ディラン大佐"、と呼びなさい!』
『ロイはバニラでいいか?俺は……おっ!この"プロテイン入り"っての美味そうだな!リディもコレにするか?』
『こんの………人の話を聞けーーーっ!!』
パチリ、とリディアは目を開けた。
汽車独特の揺れと、煙のにおい。
ぼんやりと目をこすっていると、ウィンリィの声が明るく響く。
「あ、リディア起きたの?」
「うん。……ってあれ?なんでウィンリィがここに!?というかどうして私汽車に乗ってるの!?」
確か昨日の夜は………あれ、何をしていたんだっけ?それにどうして汽車なんかに…………
なぜだか知らないが、かなり記憶があやふやだ。
頭を押さえている私を見て、斜め前のエドが呆れたようにため息をつく。
「リディア…お前もうボケたのか?タブリスの師匠んとこに行くっつったろ?」
「ちょっと!ラッシュバレーに行くのも忘れないでよね!」
「ソレはあくまでついでだろ!ついで!!」
騒ぎだした二人を放って、隣に座っていたアルが心配したように顔を覗きこんでくる。
「リディア、顔色悪いよ?少し疲れてるんじゃないの?」
「あはは、実は昨日寝るのが遅くて…」
答えたとき、頭の奥がツキンと痛む。
他のホムンクルスは睡眠を必要しないが、私は眠らなければ普通に体調も悪くなるのだ。
まぁそれでも普通の人間よりは丈夫なのだが………
おそらくこの頭痛もそのせいだろう。
「でも…ラッシュバレーまでもう少しあるし、寝ておく?具合悪そうだよ?」
「あ…ううん、大丈夫だよ。寝たらかなりスッキリしたし。ありがとうね。」
痛みをそらすように、いつも通りの笑顔を顔に貼り付ける。
アルは騙されてくれたらしく、安心した雰囲気で微笑む。
「そっか。…あ、ヒューズさんの奥さんからもらったアップルパイあるけど食べる?」
「グレイシアの!?食べたい!!」
「え?……あ、そっか。リディアはヒューズ中佐と仲良いもんね。」
「うん。ヒューズの家に行ったら毎回作ってもらってたんだよ。作り方も教えてもらったんだけど…どうも上手くいかなくてね……」
確か初めて作ったときはオーブンが爆発した。
五回目でようやく形になったのだが……試食したロイとヒューズの顔は忘れられない。
噴き出そうとしたのを、むりやりミルクで流し込んで飲み込ませた。
「……セントラルに戻ったら、また教えてもらおうかな。」
今度こそロイとヒューズに「美味しい」って言わせてやろう。
心の中で息巻いて、パイを一口かじった。