その後の彼等
□喪失
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やっちまった。
何が?って言いたいだろーが、まあ、いろいろである。
先ず、今日はじめて俺は生きる為には必要の無い殺しをした。
雇われ兵の定めだが、存外俺自身このことについて割り切れてはいなかったらしく、うっかりして後ろ髪に返り血が付いてしまった。
洗えば済むと思い、さして気にしていなかったが、よく考えたら戦場に悠長に髪を洗える場所などそうそう無いのだ。
べっとりと赤黒く変色した血がこびりついてしまい、家につく頃には乾いて取れなくなっていた。
仕方ない、最後の手段だ。
俺は利き手で魎月を鞘から抜き、もう一方で血のついた髪を掴み・・・
ザシュッ
適当に断髪した。
とはいえ、もちろん丸刈りにしたわけではないし、おかっぱヘアーになったわけでもない。
幸運なことに、返り血は髪のごく表面の毛先に近いところについていたため、ばっさり切らなくて済んだのだ。
「なんですか、その髪は?!」
『・・・イメチェン?』
「貴女のイメージなど、一話ごとにころころ変わっているでしょう?!そうではなくてですね・・・」
この同居人は本当に人のいい奴だ。
普通、遭って間もない俺が髪を切ったからといって、ここまで心配などするものか。
『まあまあ、髪なんてそのうち元に戻るって。心配するなよ。』
「・・・もう、我慢なりません。」
『へ?』
「いつもいつもそうやってへらへらと笑って・・・貴女は自身について無頓着すぎなんですよ!大怪我をして帰ったときも、”油断した”だの何だのと言って!貴女はもっと人の所為にして逃げても良いんです!貴女は・・・人間なのだから!」
『止めろよ。君ともあろう者が俺のような奴を人間だなんて。血はあっても心は無い。俺のような獣に人間を名乗る資格など・・・ない。』
マズいな、たかだか髪を切っただけの話が、こんなことになるとは。メフィスト君、怒ると怖いんだよなー、特に俺の代わりに怒ってくれているときは。
「そんなことありません。知っていますか?貴女はいつも他人の為にしか動いていないんですよ?怪我のこともそうだ。お前はこの地域を戦禍から守るために遠方まで出向いて戦っている。今日にしたってお前は自分の流儀すら曲げてここを守ってきた。そんなお前が人間でないはず、無いだろう?」
ああ、もう。これだから俺はメフィスト君には頭が上がらないんだよな。
因みに俺が本当に他人のためにしか動じないかと言うと、微妙な話だ。
何せ俺にはその真偽などわからないのだから。
めったに怒らず、泣かず、心から笑うということをしない俺に、そんなことはわからない。
そんな俺は、果たして人間と言えるか?
けど、メフィスト君の説に乗ってみるのもまた一興だ。
『・・・ごめんって。俺が悪かったよ。そうだよな、俺はもう一寸自分を省みるべきだよな。』
が、こんなテキトーな返しでメフィスト君の機嫌が直るはずも無く・・・・
「やっぱり、解かっていないようですね・・・」
俺がその後、背後にゴゴゴという文字を背負ったメフィスト君にやられたことは言うまでも無い。
あとがき
結局メフィストは”私の為にあなたが傷つくなんて、許しませんよ!”的な事が言いたかったのですが、それはこの時代にはまだ言葉にまでならなかったということで。
瑠璃さんはこの時代、ある意味では夜叉のように、またある意味菩薩のように振舞っていました。と言うと言い過ぎですが、他人の為に自分を蔑ろにしがちであったことは確かです。
まあ、自他共に認める臆病者でもあったので、殺しに快楽を見出したりはしませんでしたが。
そういった境界線が解かるから、彼女はメフィストと出遭ったのかもしれません。