しあわせってなんだっけ?
□呼び名
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ドイツ郊外のとある町にて
冬の初め、雪は降らずとも空気が肌に刺さる日だった。瑠璃と私はマーケットに冬を越すための物を買いに来ていたのだが、
「おい!お前、ライラじゃないか?!」
突然若い男が大層驚いた様子で瑠璃に話しかけてきた。
『いや?人違いじゃないか?』
「・・・そうか。そうだな。あいつがいるはずない。」
男はあっさりと意気消沈して去っていった。
「・・・さっきの彼は誰です?」
『死んだ名前を忘れられぬ者さ。ここには来ないと思ったんだがな。』
「”はっきり言え。”」
『”軍役時代の知り合いだ。見た目は多少変えているんだがな。これだから勘のいい奴は困る。”』
曰くこんなことは稀にあるという。不死性が露見する前に死んで見せて名を変えているらしい。
『”瑠璃という名も俺の存在を完璧には縛れない。不死になったときからこの身も魂も滅んではならんということらしいな。まあ、猫に呼び名がたくさんあるのと似たようなものだ。”』
言いつつ、毛糸を選ぶ瑠璃。冬の間は家に篭る所存らしく、実は彼女はほとんど暇つぶしのものを買いに来たのだ。食料の袋はすでに己の肩に下がっている。
「・・・本当に猫のようだな、お前は。」
『イヌ科とヒト科の掛け合わせなんだがな。ホントにホントの意味で雑食だけど。』
「己が言ったのは性格のことだ。」
『へェ?そうかな。』
「ああ、小さくて気まぐれで悪戯しかしない。」
『小さいは余計だ。』
結局青い毛糸とアイボリー色の毛糸を買って帰った。
「何を編む気だ?」
『俺と誰かさん用のセーターだ。せっかく治ってきたのに風邪を引かれては困るからな。』
今思えばあの頃から瑠璃の態度は優し過ぎた。メフィストは古くぼろぼろになったセーターを見ながらそう思った。網目で施された模様は今ではもう知る者のいないのだと彼女が窓際で編みながら言っていたのを思い出す。
『メフィ君?こんなトコにいたのか。ああ、それ、俺が編んだ奴か。・・・ちょうどいい。それ、縫いぐるみにしてもいいか?ちょっともったいないから。』
そう言いつつ私からセーターを受け取るなり出て行く瑠璃。ふと気づくと机の上に長方形の膨らんだ包みがある。”for mephistpheres”と書かれた手紙が乗っている。
”君がメフィストと名乗った時から君はメフィストフェレスだよ。そう呼べ、と君は言っただろ?”
言わずに逃げる彼女は本当に猫のようだ。
あとがき
ほのぼのって言っていいのかしら、これ。
因みに縫いぐるみは犬とか猫とか熊とかになります。暇さえあれば作っていたため、帽子とか手袋とか何個も持ってたり。自分がセーター着るようになって突発的に書いてしまった。